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「感じ、考え、行動する」ーこれからを見つめるアダルトチルドレンとの向き合い方

私は自分の問題をアダルトチルドレン(AC)という言葉で捉えることを意識的に避けてきた。なぜかというと、私が私をACだと捉えようとするとき、私はいつもその「物語性」に押しつぶされてしまったからだ。

ちなみにアダルトチルドレンとはざっくり以下のようなもの。

親や社会による虐待や家族の不仲、感情抑圧などの見られる機能不全家族で育ち、生きづらさを抱えた人。Adult Children of Dysfunctional family(ACOD)。「機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなおトラウマ(外傷体験)を持つ」という考え方、現象、または人のこと。
〔引用:Wikipedia〕

機能不全家族に触れるとまた膨大なことになるので触れないけれど(面倒くさい)、調べると「家庭内で日常的にストレスが蔓延している」「身体精神的虐待、ネグレクトのある家庭」とか。「アダルトチルドレンを生む家庭のことを機能不全家族という」というものまで出てくる。こうなるともう訳が分からない。
共通して語られるのは「子供時に常に親を意識して、過剰に親に合わせたり、嫌なことを我慢し続けたため等により、自分の人生を生きることが許されなかった(ような家庭環境)」といった特徴だ。虐待とか、ここ数年で話題になった「毒親」とか(これもあまり積極的には使いたくない)、そこに含まれるのは分かりやすいものばかりではないだろう。

機能不全家族とアダルトチルドレンは一対に語られるのだけど、このように、アダルトチルドレンという言葉をもって問題に向き合おうとするとき、それは必ず家族という「物語」を経由する。今の生きづらさの原因、発端はなんだったのか。ーーあの時のあの人との関係が、あの環境によって、家庭環境によって、今の生きづらさが作られたのではないか。そうやって自己理解を深めていくことが作業の第一段階になる。


私にはこれが耐えられなかった。主治医から「君の辛さの要因は子供期の成育歴にあると思うよ」と言われ、一時はそこに望みをかけ今の私の生きづらさの原因を探し出そうとした。そこから確かにいくつかの気づきは得たのだけど、そうやって過去をほじくり返して「物語」を自力で分析していく作業は、精神的にかなり消耗するものだった。個人的には素人が一人で深堀するには危険すぎると思う。

しかも、その「物語」の結末は決まってこうだった。

「だからいまのわたしはこんなにつらいんだ」

これだけである。だからどうこう、とかはない。いっこうに続編も出そうにない。その一言によって、完結してしまうのである。

でも、ネットや本で得たアダルトチルドレンの克服方法は「そんな過去を癒す」「過去から自分を分析する」とか「親への執着を手放す」とか、そういったものばかりだった。――それが第一歩ですよ、それから自分を生きましょうね――。だから、ちょっと辛くても、それが希望であると信じて、私はその「物語」を何度も細部まで読み返し、それを癒したり理解したりすることに必死だった。それでも毎回結末は変わらず、ただただ悲しい物語を鮮明に覚え、都合よく脚色していくばかりだった。


✳︎

そんなわけでこの言葉と関わることはしばらく避けていたのだけど、メンヘラ.jpというサイトを久しぶりに利用した際に「私“も”アダルトチルドレンですが…」という人とやりとりをした。すっかり忘れていたけど、私はそのサイトの自己紹介文に「アダルトチルドレンです」と書いていたのだった。そういえば、私がこれを利用すると決めた時はACに特に問題意識を持っていて、このメンヘル全般を抱擁してくれるプラットフォームの中で、どう自分をラベリングしようか?と考えた結果、それを紹介文に書いたんだった。

それが功を奏したのか、AC当事者の人とやり取りをすることができた。しかもその人は、ACの生きづらさ、思考の癖を、ほぼ克服したという。え…これってやっぱり、どうにかなるもの…?それならもう一度、少し向き合ってみようかな。


そんなことがきっかけになって、久しぶりにもう一度アダルトチルドレンについて調べてみた。そうして見つけたのがこの動画だった。

精神科医 心療内科医 廣瀬久益によるDr.講話
『アダルトチルドレンの回復(まず行ってみること)』


この動画はアダルトチルドレンを題材にしてはいるものの、全くそれらの「物語」には重点を置いておらず、その構造的な「本質」と「ケア」が中心に語られている。起因となる「物語」はそれぞれ各個ある大前提として、では「その何が問題で」「どうすればいいか」ということに重きが置かれている。そのことが今までのアダルトチルドレン論とは一線を画すものに思えた。

まず、その本質については「自分軸の喪失」が最大のポイントとして語られている。「自己喪失」ではないところもわかりやすくて私的にはぐっときた。目から鱗だったので、備忘録を兼ねてざっくりした文字起こしをここに残しておきたい。

〔引用〕
人間、​軸がしっかりしていると、それを中心にいろんな行動ができるが、(アダルトチルドレンは)その内なるものがあまりないので、外からの影響を受けすぎちゃう。(影響を受ける)都度、自分らしく頑張ってはいるんだけども、いくら頑張っても頑張っても、軸がはっきりしないから、不全感というか、自分の中に残らない。”頑張っているのだけど残らない”。結局は「自分がちゃんとやっていないからいけないのかなあ」という、自責の念で自分を責めておしまいになっちゃう。

軸というのは、「(自分で)感じる」ことがあって、そこから「(自分で)考える」ことがあって、「(自分で)行動する」(ということで作られる)。(アダルトチルドレンは)この一連の軸が通っていない。軸が通る前に外から考えや行動を指示されてしまう。小さいころでいうと、親からの指示・教示がある。小さい子供は軸がはっきりしていないので教えてもらうことは大事なことです。でも、いつまでもそれをやっていると、いつまでたっても自分の意志で何かをすることができない。例えば友達のところに遊びに行く、行こうとする。自分が楽しいなあと思ってやったその自分の行動について叱られでもしたら、「そういう風に感じた自分がいけないんだ」と思う。そうして自分の「感じ方」「行動」を削りおとさなきゃいけない。
そうすると自分の考えで行動することができなくなる。せっかく自分軸を作るチャンスだったのに、強力な指示教示があると、それによって、自分の感じ方、考え方、行動を自己否定しなければならなくなる。それが適度であればいい、毎回になると、益々自分で感じる考える、自ら行動するということができなくなる。

アダルトチルドレンの生きにくさのメインーー自分が結局今何を感じているかというかということが、限りなくわからなくなるんですね。そんなことよりは「どうすべきだろう」ということことばかり思って、その「どうすべき」を言ってくれる人をある意味待っている。自分の中から出てくる考えに自信なんてないですからね。

親との関係の中できちっとしたものをもらえなかったから今の自分がある、という見方をする。これは当たってるんですよ、一面としてはね。ただ、それだけ考えても、そこからケアにはつながらないんですよ。自己理解には必要なんですよ、自分が得たもの、得られなかったものをきちっとわかることは。大事なんですけど、そこまでだけです。

この動画のすごいところは、「物語」は自己理解にはなるけれどケアには繋がらない、と言い切っていること。だからこそ、ケアの一番のポイントは「軸」の経路(感じ、考え、行動する)をどうやって作っていくのかということである、と言い切っているところだと思う。

「物語」如何を問わず、生きづらさは「軸」を確立できていないことに起因するものである、という本質的な構造で言い切ることで、じゃあ、これからどうしていけばいいのか?ということを示していることは、私にとってかなりの希望に思えた。

これまで見てきたアダルトチルドレンの克服方法においても、たしかに、自分で感じることの大切さ、自分の意志の大切さを説いているものはたくさんある(というか大半)。だけど、いつもその手前で「物語」を経由されてしまい、――「物語」を経由しなければ解決できないと思い込み、どうしても「物語」にばかり目が向いてしまって、克服しようとすればするほど過去に目が向いてしまった。

でも、この「軸」を根幹として考えていけば、そこを介さずとも、自分の「軸」を再構築していくという“未来”に全力投球すればいいのだと思えた。


動画の後半では、その実践として、「まわりに他者がいても自分の考えが保てるように」「自分の感じ方、考えに従って行動する、自分の好きなものを優先する練習をする」こと。そして「⑴自分のためにお金を使う」「⑵自分のために時間を使う」「⑶自分のために労力(行動力)を使う」という自分を大事にするスキルについても触れられているので、気になる人は見てほしい。

『アダルトチルドレンはこの3つを自分に使うのが下手ですね。』『結構難しいことです。こういうことが出来ないように、二重三重のロックがかかっている。言われたからといって簡単にできないけど、やってみる。』とばっさり言われてて、ちょっと笑っちゃったのだけど(確かに言うは易く行うは難し)。

でも、これらは全部「今の自分が”これから”できること」なのだ。


私の自己理解に本当に必要だったのは、「物語」の分析でも、過去を葬ることでも、インナーチャイルドを癒すことでもなかった。「自分軸の喪失」という今の私をはっきりと捉えることだったのだと思う。そして、「軸」を根幹に因数分解していけば、どうすればいいのかがみえてくる。

あんなに何度も読み返した過去の「物語」は、今はやっぱり、一旦心の奥底にとどめておきたい。今の私が、これからできることを、ひとつずつ積み上げていきたい。

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