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嵐抗/申し子の完膚なき敗北

名言は好きだろうか?

名言。
それはひと角の人が口にした言葉である。

聞き心地がよくて、とても勇気づけられ、経験に即しており、だからこそ説得力があって、それは時に誰かの人生の座右の銘にすらなり得る。

そんな言葉だ。

僕もまた文学家や哲学者の名言を見聞きするのは好ましく感じていて。それは”完成された”誰かの言葉に寄り掛かりたいと思う日も時にあるからだし、なによりも言葉の力を心から信じているからだ。

だから今日は僕の好きな名言を、
いくつか紹介しよう。

”これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。”
これはニール・アームストロングの言葉だ。

”議論とは、往々にして妥協したい情熱である。”
これは太宰治の言葉だ。

”天才の一面は明らかに醜聞を起し得る才能である。”
これは芥川龍之介の言葉だ。

”青春というのは意味のあることを成し遂げることではない。どれだけ馬鹿になれたか。そして、どれだけ純粋で一途になれたか。”
これは北方謙三の言葉だ。

どれもこれも良い言葉だ。
あまりに良い言葉すぎて、自分の言葉として再利用したいくらいである。

感動の布教だとか感銘の伝播として、言葉を借りる。
しかし僕らはそれに甘えず、よく考えるべきなのだ。

なにを?
決まっている。

それはどこまでいっても”他人の言葉”であって、
”自分の言葉ではない”ということをだ。

借り物の言葉では、人の心なんて変えられやしない。


■嵐抗/1999年の申し子──No.23

覆水盆に返らずなんて言ってる場合か。
零れた水を嘆くより、残った盆の利用価値を考えろ。

□□□□□

高校の文化祭でオリジナル名言集を販売することになったのは、その昔、僕が屈辱的な敗北を喫したからだ。

いや、他の動機として在籍していた生徒会の性が派手に乱れていたからというのも理由としてあるのだが……。
発端だとか大元だとかを辿ると、そういうことになる。

嵐抗/1999年の申し子──コピ本36頁、収録名言数124、それぞれに解説アリ。目次の欄にはとびきりの笑顔で中指を立てている作者ぼくの近影もある。

副題の1999年の申し子というのは、
ノストラダムスの大予言の一節である”世界を終焉に導く悪魔の子が七月に産み落とされる”という予言部分を読んだ当時の僕が、これ私のことだ……と感銘を受けてノストラダムスの予言の子を名乗っていた過去に由来する。

この予言の子の一件を詳しく話すと長くなるが、
しかしながら、今回の主題はそこではない。

その出来事の細かい部分に関しては、太宰治好きによるエッセイアンソロジー:『太宰治と私』に僕がかつて寄稿した『Roll over Osamu Dazai/太宰治をぶっ飛ばせ』に書いてるので、興味があればそちらを参考されたし。

太宰治と私⇒僕はエッセイの収録順の最後を飾っている。
本文の書き出し
⇒エッセイを書いたのは初めてとか言ったが
そう言えば、ここで書いていたのだった。

ともかく。
嵐のように時代に抗う者の名言集──なんて売り文句を掲げて。拡声器を片手に宣伝して回った結果として、生徒会の予算で刷った100部のうち32部が売れた。

そう、なんと売れてしまったのである。
残酷なことに。

高校時代の感性の下に製作された名言が列挙された名言集が、世界にそれだけの数 散らばってしまったのは、言うまでもなく盛大な恥晒しだ。

あの時の事を思い出す度に、この黒歴史を作るに至った責任者に文句の一つも言いたくなるが、どう考えても浮かび上がるのは誰より見慣れた少年の顔である。

だから僕は後悔する。
あぁ、あの時、敗北まけていなければ……と。


■嵐抗/1999年の申し子──No.108

この世には間違いしかない。
だから正しい振りを上手くやれ。

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「ばいばい」

翌日、美澪みれいちゃんが一足先に東京へ帰ることになった。
好きに帰ってくれと言いたいところだったが、女性を一人で送るのも忍びなくて、眠たい瞳を擦って駅まで着いていくことにした。

「あのガキってもう20歳とかでしょ。放っておきなさいよ。それともアンタの今月のスローガンは女性に優しくとでも言うつもり?」

彼女ちゃんからのそんな小言は華麗に無視して、
僕らは二人──彼女ちゃんは不貞腐れたらしく、中央にある富士山型のモニュメントを背景にエロ自撮りを繰り返していた──御殿場駅乙女口のバス停で、新宿バスタ行きの帰りのバスを待っていた。

早朝も早朝で、他に人はいなかったと記憶している。

「なんか気ぃ使わせちゃったみたいで悪いですね。義兄さん、眠いでしょ」

たしかに眠いには眠かったが、自分の中で納得の出来ない行動をして目覚めが悪いのも勘弁なのだった。

彼女は、弟の交際相手である。

だから僕としてはどうしたって他人だし、人として好きなわけでも大事なわけでもないけど、それは相手に誠意を尽くさない理由にはならない。損な生き方だと自覚こそしているが、そうはいっても今更それを辞めるに辞められないのでそれが自分だと受け入れる他ないのだ。

それに誕生日プレゼントまで貰った手前、”借り”のようなものが彼女に出来るのも嫌だった。

「これあげる。遅めの誕プレです」

帰省期間の中で、
彼女はそんなことを言いながら、南国風の真っ赤な花が植えられた鉢を渡してきた。

「7月20日。義兄さんの誕生日。アポロ11号が月面着陸を成功させたのと同じ日なのでギリ覚えてました」

「ありがとう。……これはなんの花? 花に明るくないからかもしれないけど、初めて見る気がする」

「ブーゲンビリアですね。自分の誕生花くらい知っておこうよ。そんなんだからダメなんですよ」

誕生花を知らないくらいのことでそんな風に罵られる覚えはなかったが、貰って嬉しいことは嬉しかった。これ持ち帰るの手間だな……と思わなくもなかったけれど。

「ちなみに花言葉は?」

「薄情」

僕が親族の交際相手から、はたしてどういう人間として見られているかはよく分かったが……いや、もっと他に良い感じの花言葉があるはずだろう。

少し気になったが、自分の在り方を象徴するとされる誕生花の花言葉を調べて、これ以上 変に落ち込みたくなかったので気にしないことにした。

「またエッセイ読んだら、その時は感想送ります」

「それもありがと。励みになる。是非よろしく頼むよ」

「なんなら読むの面倒臭いんでオチだけ教えてくれません? 最後なに書くの?」

あまりにもあんまりな台無しすぎる問いだった。
ミステリ小説をオチから読むタイプの人種だ。

やっぱりこの女と将来的に家族になるの嫌だな……とか思いながら、それらしい答えを返しておくことにした。

「すべての伏線が回収されて、これまでの話や言葉の数々はこの瞬間の為にあったんだって誰もが思えるような最終回が始まる。あくまでも実体験を書いてるエッセイだから派手なことは起こらないけど、読んで良かったと心から思えるような話になる。きっとね。そして最終的に僕の片思いも実って、万事解決、ハッピーエンドだ」

「それはないと思う」

悲しい断言である。
僕のメンタルは強くないのだから手加減してほしい。
他人ひとの彼女に本気で惚れ込んでいるというヘビーな状況が、既に手加減も何もない状況なのは置いておくとして。

「……あるいは最初から最後まで、今してる片思いの愚痴から始まり愚痴で終わる」

「そっちの方が面白そう」

そんな遣り取りがあって。
バスタ新宿行きのバスが定刻通りに到着した。

「どうせまた近い内に会うだろうけど。ま、お元気で」

バスに乗り込み、窓際の席に座って、此方に手を振る美澪ちゃんに手を振り返したりして。バスは動き出し、ゆるりと御殿場インターの方面へと向かっていった。

「さよならだけが人生だ──By 井伏鱒二」

いつの間にか。
エロ自撮りを終えたらしい彼女ちゃんが、僕の耳元でそう囁く。ハワイアンブルー色のサイドテールが頬に触れるから邪魔臭い。彼女の存在その物が邪魔臭いのだが。

文学家の名言ね。
昔”書き込んだ”記憶がある。

嫌な思い出の引き出しに際限がない僕である。
何処からでも黒歴史を披露できるという意味では一芸に秀でているが、人間としてそれって遥かに劣っている。

どうにも、
聞き心地のよい名言に慰められたい気分だった。


■嵐抗/1999年の申し子──No.6

言葉の刃を振るう人間より、
言葉の盾を行使する人間の方が遥かに厄介だ。

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小中学生時代の僕は名言収集家だった。
100円ショップで購入したCompleteと記された青色の汎用ノートに、自宅や図書館のPCを使って調べた名言を書き写して、いつもそれを肌身離さず持ち歩いていた。

No.1 怒涛に飛び込む思いで愛の言葉を叫ぶところに、愛の実態があるのだ──By 太宰治。

みたいな感じ。

高校時代半ばまでは読書も小説もなんならオタクも嫌いだった僕なので、そこに大きなこだわりがあるわけでもなくて、単純に”名言ってなんか格好いいから”という理由でそんなことをしていた。

そんな志の低い身空で、そうした名言の意味や真意を読み取れるわけもない。累計すると2000以上の名言をカテゴリ別に分ける形で書き込んでいたが、所詮はただただ書き込んでいただけとも言えるだろう。

それでも。
自分でそれを何度も読み返しては悦に浸り、たまに友人に得意顔で披露したりしていて、そんな不毛なことをかれこれ五年ほど続けた。

そして中学三年生の時分──道徳だかの時間で、特定の問題に対してAとBどちらの意見が正しいかを投票により決定する、ディベートの場が設けられることになった。

とかく目立ちたがり屋の僕はAの意見を正しいとする代表役に立候補し、同じクラスの男子を相手に、その雌雄を決することになったのである。

そうした議論に勝利する為に必要なのは説得力ある言葉だ。それなら楽勝である。だって、僕の手元には数々の成功を収めてきた偉人たちの名言があるのだから。

当時の僕は金色のガッシュベルさながらに、名言が書き込まれたノートを片手に携えて自分の主張をより強固にするべく、偉人の名言を駆使する戦法を取る事にした。

カテゴリ分けをしていたのが功を奏したので、
この戦法は完璧だと思った。

なるほど。
僕のこれまでの名言収集の日々は、きっとこの為にあったんだ。自分の人生にあるべき答えを見つけた気分になって、それはそれは絶頂の気分だった。

偉人たちよ、どうか僕に力を貸してくれ。

そしてディベートの本番日を迎えた。
見ておけよ。絶対に言い負かして、勝ってやる。


■嵐抗/1999年の申し子──No.70

良薬は口に苦し、って、ただの強がりですよね?

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「だいたいね。弟の彼女だからってベタベタと付き合う必要はなくない? 歳下だからって甘くすると舐められるわよ。舐めたら許さない、蔑ろにしたら許さない、裏切ったら絶対に許さない。不誠実には不誠実を行使する。相手の幸福を、徹底的に、何を犠牲にしても破壊する。あんたにはそういう覚悟が足りてないのよ」

「でも早起きしたお陰で、こうしてげんこつハンバーグもお昼前に食べられてるじゃん。三文の徳だろ」

「うっさいバーカ」

子供かよ。
言い返されたからと言って、一々拗ねないでほしい。

彼女は、
僕の良心のメタファーを名乗る僕の幻覚である。

僕がファミレスでハンバーグを食べていると、対面から自分のプレートに載せられた人参やブロッコリーを押し付けてきて食べるように命じてくる。そんな存在だ。
ちなみにお肉の焼き加減は生焼けが最も好みらしい。鮮度を感じさせるレアを食んでいる時がいちばん生きてる心地がするそうだ。幻覚だから生きてるとかなくない?

名前も渾名も拒絶の意を示しているが、とかく不便なので、彼女(かのめ)ちゃんと僕は勝手に呼んでいる。

げんこつハンバーグ250g/1265円

さわやか御殿場インター店。
言わずと知れた大人気店舗であり、いつ頃からか御殿場市の代名詞にすらなっている。他所から来た観光客が絶えず訪れているので、地元民にとってはもはや数年単位で足を運んでいないとかザラなお店でもあり、普通に待つと優に5.6時間は待たされる。

早朝に美澪ちゃんを送り届け、そのままお店に向かって整理券を確保した僕らには、今回 無縁な話だったが。

「それに誕生日プレゼントまで貰っちゃったし、その分くらいは優しくしてもいいかなって」

「誕生日プレゼントなら私もあげたでしょ!?」

ジョッキに注がれたももカルピスを飲みながら、ぎゃあぎゃあと喚き立てる彼女ちゃん。

誕生日の贈り物として、真新しい鋏を渡してくるのは頭を抱えるナンセンスだと思うので、美澪ちゃんのくれた誕生花を同じように扱うのは気が咎めるのだが……。

LIVINGOの業務用鋏/2099円

どうして鋏なんて選んだのかと聞いたら、

「アンタの好きな子いるでしょ。その子と今付き合ってる彼氏の赤い糸をこの鋏で完膚なきまでにぶった切れますように、って小粋な験担ぎよ」

という言葉が返ってきた。

陰湿な発想だ。
小粋というかドン引きだ。

おまじないにしても、もっと神秘的な物に頼るべきだろう。少なくともホームセンターで購入出来る様な鋏よりはマシな効果を発揮するに違いない。

喉元に突き立てれば、ぱっくりと皮膚が裂けて致命傷だろうが、そんな物騒な手を使う予定は生憎ないしな。

まあ、形はどうあれ人の厚意を断るのもなんである。
くれると言うのだから有難く貰っておくことにした。
後々に必要になる機会があるかもしれない。あるのか?

「──ま、いいや。切り替えよう。私は切り替えられる女だから。それで? その名言を使ったディベート勝負はどうなったのよ。口振りからしてまあどうせ負けたんでしょうけど」

熟れた銀食器使いで、細かく切り分けたハンバーグを口に運びながら彼女はまたぞろ僕を小馬鹿にする。

お前の人生に勝利の二文字がかつてあったかよ、と言わんばかりの言い分である。毎度ながら失礼な女だ。

実家に置いて帰ろうかな。

「いや、ディベート自体には勝ったよ」

しかし僕にとっては、
勝ってしまったことが問題だったのである。


■嵐抗/1999年の申し子──No.11

失敗は名誉でこそ取り繕えるが、
不名誉な成功はその限りではない。

□□□□□

我ながら昔の僕は口の回る子供だった。
初めて臨むに等しいディベートだからとはいえ、言葉にも進行にも困ることはなく、言ってしまえば楽勝に近い感覚だった。

準備万全で臨んだので余裕綽々である。

適切なタイミングで、適切な名言を引用すると、周囲の聴者たちは面白いように湧いた。

なぜなら名言とは、聞き心地がよくて、とても勇気づけられ、経験に即しており、だからこそ説得力があるものだから──それらしい言葉を聞けば格好いいと聞き入れる、それが中学生の感性なのだから。

僕の主張するAの意見は投票率の9割を獲得して、感想戦において先生や生徒のお褒めの言葉を頂き、これ以上ないデビュー戦を飾った。

嬉しかった。
とても嬉しかった。

人を言い負かすのってなんて楽しいんだろうと、僕は危うい快感を堪能して、夢見心地で授業を終えて。

「──そうやって、他人の言葉で勝って満足かよ」

それでは終わらなかった。

5限の道徳の時間を終えて、自分の机で6限の授業の用意をしていると一人の生徒が僕の所まで来て、そんなことを言ってきたのである。これがBの意見を主張したディベート相手の男子ならば劇的な展開だったが、彼はぴんと手を挙げBの意見に投票した聴者の中の一人だった。

「お前がムカつく顔でさっき言ってたのって、アレ、○○とか○○○○の言葉だよな。俺知ってんだよ」

肝が冷える感覚があった。
それはさながらマジックの種を見抜かれた奇術師の気分であり、愚かなことに僕は口にする名言の元ネタが誰にも気付かれるはずがないと信じ込んでいたのである。

「誰にでも言えるようなことべらべら偉そうに喋りやがって。偉いのはお前じゃねぇだろ。そんなんで勝ってチヤホヤされて満足かって聞いてんだよ」

思考が追い付かなかった。
どうしてそこまで言われないといけないのか分からなかったし、ただそれでも、机の中に入れた名言を記したノートを見られたらどうしようなんて考えていた。

その感情は、
きっと”後ろめたさ”という名前をしていて。

「いいやもう。次があっても俺はお前には投票しないから。好きにすればいいんじゃねぇの。でもお前って──つまんねーヤツだな」

軽蔑するような視線を僕に向けて。
言うだけ言って、彼は自分の席に戻って行った。

「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ〜〜〜〜」

僕は家に帰った後、自分の部屋で呻きながら泣いた。
悔しかった。悔しかった。悔しかった。
ただそれでも彼の言葉が間違ってるとは思えなくて、自分の情けなさがほとほと嫌になったのである。

僕は大きな勘違いをしていた。
名言をいくら知っていたって、素晴らしいのはその名言であって、僕自身の価値が変化するわけじゃない。

自分の言葉で語るからこそ、
言葉には意味があるというのに。

次の日、名言を記したノートを破けるだけ破いて棄てることにした。せっかくこんなに書いたのにと。ちょっと名残惜しく感じる自分もいて、ますます情けなかった。

ディベートには勝ったが、それは僕の言葉による勝利ではない。もっといえば僕は、自分の言葉で勝利する可能性を最初ハナから捨ててしまっていたのだ。

つまり、僕は完膚なきまでに敗北したのである。


■嵐抗/1999年の申し子──No.122

貴方を殺す刃が欲しいと願うのが恋であり、
貴方に突く盾が欲しいと願うのが愛である。

□□□□□

「私って、名言を名言と呼ぶ文化が嫌いなのよね」

さわやか御殿場インター店の名物店員である女性に見送られて、僕らは店を出た。正面のBOOK・OFFに寄ることも考えたが、そういう気分ではなかったので、ひとまず御殿場駅までダラダラと歩くことを決める。

「何様って感じ。だってその人は、自分の言葉が都合の良い至言扱いされるなんて思わずに、きっとそれを口にしたんでしょう。だからね、意識してないのよ。名言にしようなんて思ってない。いい迷惑よ。それに、ただの言葉にただならぬ意味を与えるのは、聞くしか能がない凡人がすることよ。いつの時代もね」

すわ自分語りをしてしまったので、また彼女ちゃんが陰険に僕の不備を責め立ててくるかと思ったが、今日は比較的機嫌が良いらしかった。

今はお腹いっぱいだからかもしれない。
子供かよ。

「聞き心地がよくて、とても勇気づけられ、経験に即しており、だからこそ説得力があって──なんて都合が良すぎる。良い言葉を口にする人が良い人なわけじゃない。まずは疑いなさい。その言葉が本当にその人の言葉なのか、そしてその人は本気でそう思ってるのか」

疑え、と。
彼女ちゃんはシニカルな調子で言う。

安易に鵜呑みにするな。簡単に聞き入れるな。適当に心を打たれるな。疑え、その言葉を本気で信じる為に。

「そんな失敗を引きずって数年後にオリジナル名言集とか作ってるアンタは、自分の常識を疑った方がいいと思うけどね。執念深すぎ。アンタに正論をぶつけてきた男子はもう同じ学校にいなかったんでしょう? スッパリと忘れればよかったじゃない」

忘却なかったことにして前に進む。
それもまた正論なのだろう。
誰もが認める賢く正しい生き方なのだろう。

それを選べない僕は未熟で、恥ずかしい人間なのかもしれない。ただそれでも。忘却することなんて出来そうになかった。安くてもプライドはプライドなのだ。

それに、

「黒歴史でも歴史は歴史だ。歴史である以上、黒く塗り潰しても、それはなかったことにはならない」

「……聞いた覚えのない言葉だけど、誰の言葉?」

「僕の言葉」

誰でもない自分の言葉は、偽りたくはなかったから。


2024/7/31 都部京樹
執筆BGM
『音楽の嫌いな女の子』ネクライトーキー
『LAST ROMANCE』NONA REEVES
『ハンプティダンプティ』荒川ケンタウロス
全体プレイリスト⇒https://open.spotify.com/playlist/4F2A0A5x6T5DZLZXDXuEoB?si=D3ZgRxaeRMutBzWdyz7hiw&pi=a-Fe-B5WN5QgS

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