ショートショート 941~950

941.はないちもんめで売られたあの子

あの子の愛した野花を摘んで

帰ってくるのを待っている

ビー玉 貝殻 おもちゃの指輪

あの子は幾らで買えるかな

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942.聖戦前夜の逃亡劇、僕たちは非常ベルの音に髪を切り裂き、空へ伸びる梯子を登った。

黄金色の三日月は僕達を乗せて空を漕ぐ。「僕達だけの王国を探そう」誘い文句は心中によく似ていた。リュックに詰めた林檎を齧る僕達は、幸せと瞞しの違いも知らず、ただ僕は今こそ一番幸福なのだと予感していた。

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943.男が窓の絵を描くと、次の日それは曇って見えた。次第にそれは露となり、遠くに荒野を映して見せた。双眼鏡で覗いてみると、大きな小屋が建っていた。鍵を差し込み開けてみると、中には銃と鏡があった。鏡に映るは自分自身で、途端に鏡が割れてしまった。

それは最初の窓で、男の死だけは本物だった。

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944.本が光っているので開くと、昨日の月が挟まっていた。それは香りになり今日の月光に溶け消えていった。

本が動いているので開くと、昨日の夢が挟まっていた。それは蝶になり次の夢へと飛んでいった。

本が濡れているので開くと、昨日の涙が挟まっていた。それは魚となり明日の海へと帰っていった。

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945.夜中に口笛を吹く少女がいた。

「以前、この口笛で蛇が現れました。もう一度あの蛇に会いたいのです」

後日少女が行方不明になった。

机には『探さないで下さい』の書き置きと奇妙な鱗、そして彼女のものではない、鱗と同じ色の長い髪の毛が落ちていた。

警察は駆け落ちとして捜査している。

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946.タキシードを着た満月が、花売りから花を買った。

鮮やかな中、隠し事の様に赤い花を選び「良い夜を」と自分の欠片を手渡した。

その次の晩、月は三日月でした。

隣には知らない赤い星がある。「あれはアンタレスだな」とある紳士がさも詳しげに言うが、少女だけはあの星の本当の名を知っていた。

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947.お月様の作り方

薄荷とイデアと小さな涙

小さな海の作り方

少女と蛍石と優しい卵殻

優しい小鳥の作り方

インクと願いと独りの春風

独りの詩の作り方

余白と霧と寂しい残り香

寂しい夜の作り方

冬と記憶と大きな鏡

大きな白紙の作り方

縫針と海と短い水平

短いワルツの作り方

僕と君 唯のそれだけ

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948.屋上にて頭に一匹の魚が降ってきた。真珠色のそれは一目で月の一部だとわかった。

「私は月の涙です。月が何故泣いたのか私だけは知っているのに、月は私が生まれた事すら気付いていない。命を持った私は、月に知られず死ぬのでしょう」

その姿が何よりも寂しく、私は靴を履き、魚を抱えて家へと帰った。

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949.標本にした運命は、五次元に及ぶ空間にまでスペクトルを散らし、それだけでこの世界が完璧だと言う裏付けになった。運命は人間の反逆によりこうも捕まる事も知っていたのだろうか。乱反射を分析してみると一定のリズムで全く同じ光が訪れる事がわかった。「鼻歌の様だ」歌を忘れた学者が一人、呟いた。

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950.最高密度の夜、水平線を縫い合わせた一枚紙には星が散らばる。冬の最果てには独りぼっちの花がおり、喪失に等しい程の白さを纏っていた。星座の骨組みを綱渡りする夏、落ちた先は、どこかへ行った。金木犀の咲く場所を知っています。蛍石に閉じ込めた夕空を机へしまった。桜の足元で、君の名を呼ぶ。

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