ショートショート 961~970
961.部屋にスポットライトの様な月明かりが差し込んだ。それは金色の丸で床を踊り、輪郭がぶるぶると震えている。不思議に思い、ダーツの矢をその丸へ投げ込んだ。ぷすん、動きを止めたそれは丸でなく直角三角形で、それが高速に回っていたらしい。はっとして空を見上げると、月も同じ形で止まっていた。
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962.「君に寂しさを教えよう」
夕暮れの図書館で教授が少年に授業を始めた。独りの宝石の話、砂漠の月の話、枯薔薇に住う蜥蜴の話、どれも悲しい話だったが少年はどの話も、話をしてくれる教授も大好きだった。教授は勿論誰より寂しさに詳しいが、少年と話している時は寂しくない事も少しだけ知っていた。
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963.砂漠を渡る詩人は、褐色の肌と、太陽にも似た黄金の髪を携えていた。顔は完全にヴェールで隠れている。
「これを」彼がくれたのは見た事のない、とびきり美しい、透けた緑色の宝石だった。「これは秘密で作った完全な人工物さ。君がこれを見て思った事こそ僕の詩だ」逆光の中、彼は満足そうに笑った。
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964.「天国に行きたいから」彼女が作った慈善ポイントカードが満杯になった頃、彼女は亡くなった。唇の赤も首のリボンも全てが白々しく、握るカードの隙間に無理やり花を入れ込む。私は彼女の言う神様がどれかは知らないが「クソったれ」私は大嫌いだ。
私のカードは机の中で、未だ純真を保っている。
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965.「嗚呼、パライソが呼んでいる」
行方不明になった君を何処かの本で見かけた。あの日助けられなかった花は今幸せだろうか。下水に流した思い出の海、匿名の寄書き、全てが盲目的な現実。潮風に乗り声が聞こえる。嗚呼、君だろう、待ってくれ。そうか、此処は本の中なのだ。僕の楽園よ、今行こう。
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966.マジシャンが人差し指を口に当て、呪文も唱えず満月を半分にしてしまった。見る見ると切れ口から溢れた何かをゆったりグラスへ注ぎ、差し出した。それは輝く蜂蜜酒であった。
朝目覚めるとマジシャンは居らず、ただ枕元には昨日のグラスと、何も書かれていないメッセージカードが一枚置いてあった。
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967.やけに明るい夜の中、屋根の上にて彗星が駆けていく様を見ていると、星から何かが落ちるのが見えた。原付を飛ばすと、森の泉の側にヘルメットを付けた小さなシーツお化けが落ちていた。どうも彗星から落ちたらしい。「まだ間に合うかな」僕はお化けにチョコを食べさせると後ろに乗せ、星を追いかけた。
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968.全てが終わった世界で、私達は水の抜けたアクアリウムの中を散歩する。「ここは世界で一番大きな水族館だったんだよ」、手を繋ぐ君が言った。枯れた海藻に埋れるマッコウクジラの骨は白く、水槽には二人ぼっちが反射する。「次は教会へ行きたいな。禁止されていたんだ」私達は過去形の中を散歩する。
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969.螺鈿色の髪を持つ少女は、月への帰り道を探していた。一番高い梯子も、湖の水月も月には届かない。
ある夜少女は森で本を見つけた。それは自分の月を探す少女の物語で、「あった!」そんな声と共に、少女は物語に浮かぶ「月」へと飛び込んだ。
そうして静かな森の中、本が閉じる音だけが本当となった。
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970.川沿いの道、街灯の下にて誰かが立っていた。こんな雨の夜にどうしたのだろうか。するとそれは異様に背の高い女性で、唇の赤く、片足が無い事がわかった。鮮明に、近付いてきたのだ。「あっ」と思った時には誰も居らず、奇妙な幻覚だったのか。踵を返そうとした時気が付いた。傘に当たる雨音がしない。
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