ショートショート 931~940
931.「星座を繋げたあの線が、骨格に見えるんだ」。放課後の理科室、プラネタリウムを前に君が言った。夏休み前の事だった。
その年の秋から、僕は望遠鏡を携え夜道を自転車で駆けている。あれ以来僕の夜空は骨格標本の部屋となった。
海に連れ去られた彼が、いつか僕の夜空で見つかる時を待っている。
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932.ある夜、酔っ払いが月の入った水溜りに落っこちた
ある夜、泣いた少女が海と思われ月に引き寄せられた
ある夜、月明かりの中踊っていた少年が気付いた時には月面にいた
ある夜、月に爪を立てた猫が萎んだ月に包まれた
ある夜、未亡人が海の水月に愛しい人の声を聞いた
警察は月を捕まえる方針だ
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933.涼しい夏の夜に、白と光る満月と踊ったタンゴは圧倒的な程に秘密を帯びていた。散った光は蛾となり、人々の夢へと入ってゆく。海岸の鳴き声は意味を作り、巻貝の主人を追い出す。私が伸ばしたブロンドの腕は永遠で、これはある物語の二五ページと二六ページの隙間だったのだが、一体何の物語だったか。
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934.毎晩、紙飛行機にした恋文を月に向かって飛ばしていたら、ある夜月からスラリとした手のシルエットが現れて、此方へ紙飛行機を飛ばしてきた。
巨大だったそれは近付くにつれ小さくなり僕の部屋へ着く頃には掌程になっていた。月色のそれは開けると文字は無く、ただ薄荷飴に似た甘い香りがついていた。
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935.アラビアの海にて、三日月が昇って行った。ゆっくりと出たそれは妖しく赤く、また大船ほどの大きさで、なんと内側の弧に人影を一人乗せていた。
老人らしいそれは長くて黒曜石の櫂を持ち、ゆっくりと漕いでゆく。その度に三日月は空へと昇り、遂には夜空の笑みとなった。
未だ老人の捜索依頼は無い。
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936.海面に乱反射した少女が底に映った姿は、到底同じものではなく、恐らく死んでいてもいいのだろう。「万華鏡は夢の様、私達は見た夢の責任を負わねばならない」散乱した月を集めて一晩の灯りにしよう。青光る螺旋階段を廻って、あの夢に置き去った、色の無い花を迎えに行かねば。
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937.少女が気紛れに舞うワルツの軌道を計算できない時点で私達は数字の支配下にある。「廻りすぎた所為で、私の魂は少しだけバターになったの」彼女が見せた瓶には砂糖水の様な魂があり、底には満月が映っていた。
少女がパンに満月を乗せ食べる。私が紅茶を注いだ時には、彼女はもう何処にも居なかった。
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938.「月が綺麗なので電話をしました」
思わずとった電話の声は相変わらずで、キザな事をと答える私も笑ってしまった。ああ確かにいい月だ。質量のない光はどこか暖かく、声はすぐ側にいる様で、思い出話は私が一方的にした。
倉の奥、黒電話は何処にも繋がってはいない。君の、十周忌での事だった。
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939.井戸を覗くと、ふつ、ふつ、と花が沸き、人魚が顔を出した。遠い昔の友人であった。「念願叶って人魚になったの」そう言って私に寄越したのは一つの真珠だった。寂しくなったら直ぐに言ってね、井戸底に眠る貴女の骨を必ず掘り出して見せるから。帰り道、月に輝る真珠はあの日のお悔やみ欄に似ていた。
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940.『待っています。百年すら近い程に』
目覚める前に彼女が言ったその言葉は糸の様に現実にまで伸びており、残響を辿ってゆくと何処かの河原に辿り着いた。不意に蕾が開いた音がした。見ると其処には覚えのある着物が椿の木に結ばれている。帯を解くと着物は崩れ、彼女が着けていた簪が手元に転がった。
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