ショートショート 951~960

951.処方された薬を開けると中からひよこが現れた。説明書には飼育法しか書かれておらず、狼狽る私を尻目にひよこは部屋を咲く様に走り回っている。そうして無邪気に私の手へ潜り込んで寝てしまった。

「君は信用しすぎだろう」久々に上がる口角に、"幸福は親しい者から齎される"そんな言葉を思い出した。

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952.歌を忘れた科学者が、水面の光を詩だと呼ぶ

愛を忘れた踊り子が、花の温度を恋と呼ぶ

鍵を忘れた旅人が、古い星図を友と呼ぶ

月を忘れた夢人が、自分の影を夜と呼ぶ

涙を忘れた満月が、眠れぬ人を海と呼ぶ

色を忘れた蛍石が、銀の喇叭を星と呼ぶ

神を忘れた人間が、赤い林檎を罪と呼ぶ

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953.月の鳴る夜、月光で埋め尽くされた部屋は凡そ深い海に似て、潰された私は吐き出し尽くした最後の息に、懺悔を混ぜざるを得なくなる。『神様、神様、私は死にたくありません。しかしそれは死にたくなる程に苦しい』疲れ眠った時に手放した自己欺瞞は等身大の自分となり、今もあの夜の間を彷徨っている。

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954.道端で神様を見つけた。それは高校ぶりだったが「待っていたよ」と言うので、そういう事かと気が付いた。喫茶店に入り、ケーキを注文する。パフェを一口お供えすると喜ぶその姿は相変わらずで、私達はひたすら下らない話をしていたのだが、気付けば神様は居らず、大吉のおみくじが一つ置かれていた。

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955.海辺に白い花がいた。

その夜花は一等美しく咲き、明日は死ぬ身と知っていた。「貴方は私?」黒い海の上、三日月は花に聞いた。「私と同じ、色だもの」『私は貴方でありません。私は明日死ぬのです』「ならばずっとこの夜にいればいい」

それから海辺には青い花がいる。

夢の中永遠の月光に染まる花。

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956.置いてきぼりの蛍石

海の底には日が差した

置いてきぼりの孔雀石

鳥籠の中は誰もいない

置いてきぼりの蛋白石

思い出だけを夢に見る

置いてきぼりの朱辰砂

口付けした子はもういない

置いてきぼりのラピスラズリ

夜は疾っくに空の上

置いてきぼりのダイアモンド

あの子の指には届かない

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957.家に帰ると妻が二人になっていた。「私は勿論本物です。しかし此方も本物な気もしますし、私こそ偽物な気もと定かではありません」ねェ、と二人顔を見合わせ笑った。暫くすると片方がいない時に一瞬だけ片方が狐に見える様になった。そう言うと「私達、何方が狐かしら」ねェ、と同じ顔で笑った。

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958.逃亡について

・月に乗り込む

・文字の間を縫う魚になる

・スノードームの南極を目指す

・水を張った銀の器から夢に入る

・月光の螺旋階段を上がる

・深海を渡る深夜列車に乗る

・64枚のハノイの塔を動かす

・古いトランプから過去を巡る

・紅茶占いから未来地図を作る

・ケットシーの喫茶店へ迷う

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959.切り取り線のように並んでいる街灯の上を綱渡りする僕らは一番月に近い所で本当の林檎を食べた。働き者のトラックが現実に似た速さで通る。僕達は物語程の距離なら何処へでも行けるよ。だから手を離さないで。街の誰かがくしゃみをする。きっと置き去りにした僕の体だ。ねえ君、そろそろ夜が明けるよ。

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960.ホームセンターで売られていたクジャクが行方不明になった。それは金細工で出来た鳥籠にいた孔雀で、このお店の特別だった。お店の人は右往左往と探し回っている。孔雀の居なくなった鳥籠を見ると、隅に小さな緑の石がいた。そっと取り出し「そこは自由かい?」僕が問うと、石は小さく鳴いていた。

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