ショートショート 991~1000

991.過去の自分に丸付けをします。「間違っていない、間違っていない」呪文は重く、結果を見つめ、問題文の理解度からは目を逸らす。手が震えるので判子で花丸押さえます。答えの許容範囲は広く、花一匁の蚊帳の外。横断歩道のアスファルトにいるのが何かも知らず、とっくに迷子のなり方を忘れてしまった。

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992.思えばそれはバグだった。とても軽い夢を見た夏の深夜26時過ぎ、目を覚ますと全てが満天の星空だった。足元には水没した様に揺らめく街灯が並んでいる。どうも僕だけ夜に浮かんでしまったらしい。ふと目の前に花に似た何かを見た。その影は大きな丸となり街を照らしている。それは本物の月であった。

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993.鰐を飼うことになりました。夏祭りで売られていたその鰐は一抱え程の大きさで、金魚鉢の縁に手を掛けるとすっぽり体が入ります。撫でられるのが好きなとても優しい子です。お気に入りは鳥の図鑑で、窓から鳥を見ては本を持ち眺めています。いつか一緒に、この空に似た川を探しに行こうと思います。

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994.月の便りがない夜、幽霊さえも潰れてしまう夜色の霧が深い世界にて、肉体だけを頼りに佇む。上下左右を夜に包まれ、方向は意味を成さず、疾うの昔に蓋をした何かが拍子を伺い忍び寄る。伸ばした手先も見えない、思い出の曖昧さは恐ろしく、このまま迷子になって、何がどこまで私の証明になるだろうか。

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995.その時、背丈程のひまわりの花束を抱えた少年は、大きな黒目を伏せ、粉砂糖の様に冷たい悪を心に積もらせていた。不器用に積み上げた積木の価値を無くす様に、蟻の巣にお湯をかける様に。アイスの棒で作ったお墓に入れたのは一体なんだったか。は、と吐く息は温度を失い、麦わら帽子だけが金に輝く。

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996.私は昼の白月を、一体誰から貰っただろうか。虫ピンに留められた手紙の回廊を巡る。届かなかった恋文、炙り出しの御呪い、少女達の折手紙の標本、不意に月と同じ香りがした。それは三日月の封蝋が施された真白な封筒で、中には薄荷飴が一つ入っていた。それはもう思い出せない親友からの手紙であった。

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997.庭に君の種を植える夢を見た。それはと宝石よりも海の小石の様だった。それから毎晩その庭の夢を見る。変わらないそれに私は君との思い出話をした。そうしてある夜唐突に、庭に君が咲いたのだ。なんの話をしたかは思い出せないが、朝起きると庭のそこには君に似た花が咲いていた。四十九日の事だった。

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998.「お母さん、一目惚れをしたのです。どうか痴がましくは有りますが窓を開けないで下さい。どれだけでも大切にします…」窓の外で何かが悲願した。それがとても滲み入り、独り身の私に渡せる物ならと言ったのだ。翌日窓を開けるとそこにあった薔薇の植木鉢が消えており、側に見た事のない羽が落ちていた

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999.春の深夜、廊下の空間の目線の高さに亀裂が入っていた。裏の無いそれは恐らく亜空間と繋がっているのだろう。ふと隙間に紙が挟まっているのが見えた。「いつかの何処かの誰かへ」古びた手紙には綺麗な字でそう綴られていた。私は急いで同じ手紙を書き、隙間へと放り込んだ。私と同じ、何処かの誰かへ。

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1000.「深層ウェブからとあるデータが逃げた」そんな噂が実しやかに囁かれていたと同時期に、街のあちこちで神出鬼没なQRコードの目撃談がSNSにあげられている。

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