第6回学びの広場とアトリエ(作業場)
連載「新しい教育のために学校の空間的環境を変える」の第6回です。オランダのイエナプランスクールの教員研修などをされている、ヒュバート・ウィンタースさんに全12回にわたって学校空間に関してお伝えいただきます。翻訳・解説は、オランダ在住の教育研究家、リヒテルズ直子さんです。
学校教育は、今もまだ「記憶すること」に主眼が置かれる傾向が強い。子どもたちは、教員の言葉によく耳を傾けるように言われ、教員から伝えられた知識を最もよく覚えている子が、テストでも最高点をとるというわけだ。
また、国語や英語などの言語教育や算数・数学が何よりも強調されるという傾向も強い。そのため、何を学ぶにしても、読むか書くなどして知識を得たり、覚えたりするというやり方しかないために、言語があまり得意でない子たちが、学びにつまづきやすいという不公平が起きる。
他方、読むことや書くことに比べ、話し言葉を使うこと、他の生徒の話に耳を傾けることなどは、あまり重視されていない。実を言うと、話したり、他の人の言葉に耳を傾け、その場でまたすぐに他者の言葉に反応したりする、といったコミュニケーション形式こそが、人間形成のなかでとても重要な役割を果たしているにもかかわらず、だ。
今日の学校にとって、もっと重視しなければならないものは何なのか、と改めて問うてみてはどうだろう。
マルチプル・インテリジェンス(多重知能)
アメリカの教育学者ハワード・ガートナーはマルチプル・インテリジェンスの理論を開発した。この理論は反論の余地がないとは必ずしも言えないものだが、それはともかくとしても、学習環境を豊かにしていくうえでは、示唆に富んだ有用なツールである。
この理論は、8つのインテリジェンスから成っている。
学校校舎をデザインしたりリフォームしたりする際に、子どもたちが、ここに示されたすべてのインテリジェンスのどれをも発達させる機会を十分に提供できているだろうか、と見直してみるとよい。
そのために、色々と異なるコーナーやいわゆる「アトリエ」と呼ばれる作業場を設けた<学習広場>がしばしばつくられている。
さらに詳しい情報やアイデアは、下記拙著にあるので参考されたい。
実際に学習広場をつくってみた例
この学校は生徒数500人という比較的規模が大きい学校で、毎週、週のはじめと週の終わりに全校生徒が揃って催しを開くことができる大きな講堂もある。しかし、この講堂は、ほかの日にはほとんど使われておらず、その大きなスペースが無駄になっていた。
そこで、この学校の管理職たちと一緒に、この大きな講堂空間を、マルチプル・インテリジェンスの理論に基づいて学習広場にリフォームする、という計画を立てることとなった。
▼ステップ1
まず、最初の研修日に、この学校の全教職員に対して、おのおの、自分が最も好きな趣味を象徴するもの、何か自分にとって大切なものを持ってくるようにという課題を出した。研修当日、教職員らは5人ずつのグループになり、各自、自分が持ってきたものについて、自分の経験などをじっくり話し合うという機会を設けた。
こうすることで、教員同士がお互いの話に耳を傾け、日頃、学校以外の場所ではどんなことにやりがいを感じているのかがわかり、教員チームのなかで、一人ひとりがどんな特長を持っているかが見えてくる。
▼ステップ2
教職員が自宅から持参してきたものは、8つのガラスケースに分けて展示することにした。この8つのケースは、8つのインテリジェンスに沿って分けられたものだ。それから教職員たちが持参したものが入っている。
そして、自分がやりがいに感じていることを象徴するものが置かれたガラスケースのところに行き、ほかにどんなものが入っているかを見る。このようにすると、それぞれのガラスケースに集まってきた教員同士の自然な会話が始まっていった。
▼ステップ3
異なる「インテリジェンス」に分かれた各グループは、今度は、みんなで一緒にムードボードを作成することにした。そして、グループごとに、各インテリジェンスが得意な職員たちが集まって、「学校にこんなものがあると、そのインテリジェンスをもっと伸ばせる」「こういう刺激をしてもらえると隠れた才能が見出される」と思われるものをみんなで出し合い、ムードボードの上に集めていった。建築家へリフォームのアイデアを提供するためだ。
▼ステップ4
このムードボードと前述したガートナーの理論から得たアイデアをもとに、建築家はいよいよ講堂リフォームの設計を始めた。この講堂を、学習広場に様変わりさせるのだ。
その結果、このような設計図ができた。
▼ステップ5
この学習広場では、子どもたちはそれぞれ、自分が好きなコーナーやアトリエ(作業場)に行き、学びに取り組むことができる。
子どもたちの仕事の成果を展示するパネルが置かれ、音響も響かないように改善されている。ここに置かれているテーブルは、すぐに動かせるようにキャスターがついているし、椅子も比較的軽い。そのため、この学習広場を週の初めや終わりに「講堂」として使うときには、短時間ですぐに壁沿いに片付けることができる。
多くの学校には、真ん中が中庭のように空いた空間や踊り場やホールなど、皆が集まれる大きな空間があるものだ。こうした空間を学習広場にすることもできる。
そのいくつかの例を以下にあげた。
翻訳者より リヒテルズ直子
今日、子どもたちは、家庭生活において、近隣の子どもたちと出会うことが少ない。かつてはあった路上での遊び仲間、野原での探索といった機会は、安全が保障されない都市空間や塾や習い事で余暇を奪われた子どもたちにとっては、手の届かないものになっている。
このことは、学校が、これまでとは異なる、あるいは、これまで以上に子どもたちにとって、同年代の他の子どもと出会う場所を提供するという大切な役割を持つようになってきたことを物語っている。「他者と一緒にどう生きて行ったらよいのかを練習するための場」という役割だ。
同時に、「他者と生きること」は「皆に合わせること」「同調すること」ではない。それでは、子どもは、自由と責任を持った主体的市民にはならないからだ。子どもたちは、自分は何が好きで何に興味があるのかを見つめながら「自分は何者か」を発見していく。同時に、他の子どもたちが何に興味を持ち、どんなふうに生きているのかを見ることで、自分とは異なる他者を尊重し、またそうした他者の姿から新たに自分自身を発見していく。
実は、本稿で述べられている学習広場は、そうしたチャンスを子どもたちに与えようとしているものに、他ならない。講堂は、整列して咳ひとつせずに壇上の校長や教員の話に静かに耳を傾けるだけの場所でよいのだろうか。もしも、学校の真ん中にいるのが子どもたちであるのなら、この講堂という大きな場所は、子どもたち自身が、自らを発見し、お互いのよさを認め合って、一緒に伸び、育つチャンスを与える場に変えられないのだろうか。
こうして、ここであげられている事例は始まった。オランダ南部にあるその学校で、新しいビジョンを求める熱心な校長が、筆者ウィンタース氏の協力を得て、なんの変哲もない講堂を、子どもたちにとって楽しくてたまらない学びの場所に様変わりさせた。
この学校では、毎週1回、4〜5歳児、6〜9歳児、10〜12歳児それぞれ1クラスずつが出てきて、一緒に学習広場で学ぶ時間が設けられている。普段は別の教室で勉強している子どもたちが、一緒にクッキーを焼いたり、工作をしたり、防音つきの音楽スタジオで演奏したり、本を読んだり、絵を描いたり、何か発見したりしている。
幼稚園や保育園には、日本でもコーナー保育がよく普及している。学習広場は、小学校のコーナー教育と言ってもよいかもしれない。それをもっと大きな場所で大規模で活動できるようにし、子どもたち自身の内発的な好奇心に根ざした学びをもとに、年齢に大きな開きのある子ども同士が、教え合ったり助け合ったりする。
学校のリフォームは、建築家がするものではない。未来へのビジョンに満ちた創造力豊かな教育者が始めるものだ。教育者のビジョンや想像力は、信頼し後押ししてくれる制度、そしてもちろん施設や設備を潤沢に整える資金があってこそ、開花する。
リヒテルズ直子さんのおすすめ書籍