何を教えるかではなく、何を学ぶか
独立行政法人教職員支援機構(NITS)調査研究プロジェクト成果報告会で耳にした言葉です。
“ようやく見えるかたちで方向性が言葉になった”と、うれしさを隠せませんでした。
従来から問い続けている学びの本質のはずなのですが、まだまだ「いかに教えるか」についての研修が行われている現実があります。
何を教えるかの主語は「先生」で、何を学ぶかの主語は「子ども」です。
これまでの授業研究は、授業者の資質・能力の向上にその目的が置かれていました。
これからは、授業者に視点を置くのではなく、授業を参観するすべての教員が、子どもを主語にした授業づくりができているかについて、学び合う力が求められています。
そのためには、「子どもの事実」に始まり、「子どもの事実」に返すぶれない研修をつくることが急務です。
学習規律を守る子どもの姿は目に見えます。
また、学習規律を守れない子どもの姿も目に見えます。
ところが、子どもが主体的に学んでいるかどうかについて、教員はどこまで一人ひとりの子どもの学びを見取ることができるでしょうか。
子どもの「目に見える姿」ではなく、「目に見えにくい力」をどのように見取るかについて、平素の職員室での豊かな対話を深めていきたいものです。