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折々の絵はがき(19)

〈日本橋〉小村雪岱 大正3(1914)年 清水三年坂美術館蔵

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◆コロタイプ絵はがき〈季趣五題 はるうらら 日本橋〉◆

 歩いていると顔に当たる冷たい空気が昨日よりもほんの少しだけ柔らかい。知らず知らず力が入っていた背中を今日はすんなり伸ばせた気がする。目をやると道端の木蓮のつぼみがいくつかほころび始めている。ああ今年も来たんだなと、胸の内で確認するのは毎年のこと。まだ寒さが残るなか、春は毎年こんなふうにひっそりと訪れます。春一番が吹くずっと前に、空気の柔らかさや新芽、空の高さなどでそのきざしをほのかに感じさせながら少しずつやってくるのです。

 季節はこうしていつの間にか移り変わるはずが、これは「今日から春です」という高らかな宣言が聞こえて来るような一枚です。楽し気に舞う蝶はさながら紙吹雪。まるで起きたら春がやってきていて、その真新しい一日をみなでお祝いしているような晴れやかさがあります。立派な土蔵が立ち並ぶ河岸は、荷船で働く人のかけ声と、川向こうの道行く人々の笑い声が混ざりあってにぎやかそうです。ぬくい日差しに誘われて、上着をはおらず川沿いを歩くのはさぞかし心軽やかなはず。この絵を見ていると身体のなかをすっと風が通って、のびをしたあとみたいに清々しい気持ちになりました。

 小村雪岱は大正から昭和初期にかけて装幀や舞台美術など幅広いジャンルで活躍しました。なかでも泉鏡花との関係性は深く、小説『日本橋』の表紙のために描かれたこの作品は雪岱の名を一躍有名にしました。彼の日本橋は愛らしくも気品に満ちていて、花はどこにもありませんが、空の淡い紅色が咲きほこる満開の桜を想像させます。日本中が優しい色に染まるのももうすぐ。待ち遠しかった新しい季節の始まりです。

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