折々の絵はがき(14)
〈雪の朝〉小村雪岱 昭和16年(1941) 埼玉県立近代美術館蔵
うわあ…。絵はがきを見て思わずため息がもれました。降り積もった雪はそんな息の音すらすっと吸い込みそうな静けさを漂わせています。なんてかっこいいんだろう。屋根が白で厚く覆われている様子と『雪の朝』という題名から、この雪が一晩中降り続いていることがうかがえます。そうか、朝なのか。するとついさっきまで夜かと思って見ていた絵は途端に姿を変えました。
この絵は、建物と雪のほかには何が描かれているのかよくわからず一瞬とまどいます。辺りを歩くような気持で曲線と直線をゆっくり目でたどりますが、それでもやっぱりわかりません。わからないものが絵の半分を占めているのに、胸には好きだという気持ちが湧き上がります。温かな灯りがともる障子の向こうに行きたいわけではなく、この雪のなか、街が目覚める前にこの世界を歩いてみたいなあと思うのです。まだ誰も歩いていない道を歩くのはもったいないような気もしますが、きっと心はどんなにか浮き立つでしょう。しんと静まり返ったように見えた場所には、ぽつぽつと灯りがともり始め、次第にかすかな生活の音が漏れ聞こえだすはずです。ひときわ冷える朝、かじかんで真っ赤になった指先でごはんの支度をするひとの影が障子に写るかもしれません。
小村雪岱は大正から昭和初期にかけて主に大衆文化の分野で活躍し、装幀や挿絵、舞台美術や日本画など幅広いジャンルで多くの人を魅了しました。なかでも泉鏡花の装幀を手掛けたことをきっかけに、この二人による数多くの美しい本が世に生み出されました。粋、端正、モダン。どんな言葉を並べても足りない、絵に心を奪われる贅沢を存分に味わわせてもらいました。
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