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折々の絵はがき(56)

◆〈花卉図画帖 桃〉中村芳中◆
細見美術館蔵

絵はがき〈花卉図画帖 桃〉中村芳中

 一年でもっとも寒い二月。ダウンコートを着こみ手袋をはめ、白い息を吐く日々はもうしばらく続きそうです。とはいえ暦の上では立春を迎えました。立春。この二文字を見るとどんなに寒くとも「…そうか、春か」と少し先の未来に目を細めるような気持ちになるのが不思議です。冷たい空気の中、木々には生まれたての新芽が顔を出しています。草木の芽生えに気が付くと自然の営みにわけもなくじんとして、愛おしさにおのずと笑みが広がります。
 この一枝には桃の花開いた姿はもちろん、新芽も、ふくらんだ蕾も描かれています。梅や桜のように人々が集まることはないにせよ、この木もきっと道行く人の眼を楽しませているのでしょう。行きかう人が花を見上げ「今年も咲いたねえ」と声を掛け合う様子が思い浮かびました。この桃が咲いたら春はすぐそこ。市井の木々は、そこに暮らす誰かにとって標本木のような役割を果たしているのかもしれません。
 中村芳中は独学で尾形光琳の画風を学んだ琳派の絵師として知られています。木の幹に見られるのは芳中が得意とした「たらし込み」の技法。彼はこれを大胆に用いた草花図を数多く描きました。水分をたっぷり含んだ筆で色を滲ませた作品はいわゆるきらびやかな琳派とは一線を画し、いずれも芳中にしか描けない柔らかさとおおらかさが感じられるのです。

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