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10分間だけの「ただいま」

先日まで、実家に帰省していた。

玄関のドアを開けて「ただいま」と言っても、
「お帰り」の声はない。
私の声だけが、むなしく響くだけだ。

父は今年の秋に亡くなり、母は入院中。

一抹の寂しさを抱えながら、郵便受けの配布物を整理する。
チラシやビラの中に、何冊か通販のカタログがあった。
足腰が弱って、もう外出ができなかった両親が、
カタログを見て食品や雑貨を買っていたようだ。
きっと、美しいカタログの品々を見るだけで、
楽しい気分になっていたに違いない。

手にしたカタログの宛名は、全て父の名前。
もう、こういったカタログも必要ない。
私は、通販の会社に連絡を入れた。
父の名前とお客様番号を伝え、今後のカタログ送付停止をお願いした。

「しばらくお待ちください。今、確認をいたしますね。」
と、オペレーターさんの声。

その時、私は気づいたのだ。
この瞬間、父は生きている・・・。
まだ、この世に息づいている・・・と。

私自身オペレーターさんに、父が亡くなったことを伝えなかった。
なんとなく、言いたくなかったからだ。

そんなことをぼーっと考えていると、
「・・・確認取れました。今後、システム上1,2回は行き違いで送付されてしまうかもしれませんが、お許しください。
今までありがとうございました。」
優しい声が、耳に入ってきた。

父は、微笑みを浮かべながら、
この成り行きをじっと眺めていた。
「これで、全部終わったな。お疲れさん。ほな、そろそろあっちの世界に戻るわな。」
こう言うや否や、父はあっという間に消えてしまった。

「・・・え?これって現実?それとも妄想?」

我に返った私は、一人つぶやきながら、
カタログが入っていた封筒に印字されている
父の名前を、静かになでた。

確かに、父は私の傍らにいたのだ。
この10分ほどの短い間に、「ただいま」の言葉と共に。







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京すずらん
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