自分で、一から、ワイナリーをつくる
自分でワイナリーの事業を起こしてから1年が経つ。
まだ建物はないが、まずは畑から。
ワインは醸造ももちろん大事だが、ワインは基本的にブドウの質に依る。
そして、悪い質のブドウを良い質のブドウに変えることは不可能だ。
様々な形態のワイナリーがあるけれども、
私が目指すのは「ドメーヌ」型。
栽培から醸造まで一貫して行うことでワインを造るスタイルのこと。
ブドウを他県から買い付けで成り立たせているワイナリーはよくあるけれど、
事業形態を維持するにはそれはしょうがないとは思う。
ただ、それをしてしまうと、その土地にワイナリーがある意味が基本的には無くなる。
東京や首都圏に醸造所だけを作ってブドウを買いつけるワイナリーと何が違うの、というところと、差別化が図れなくなる。
東京でブドウ買い付けて作ることのほうが人も来るし、販路も確保させやすいのは当たり前。
田舎でそのスタイルを同じようにやって、そこにどう勝つのか、と。
その土地でやる意味はあるのか、と。
事業体の継続にはそれはしょうがないと思うところはあるのだけれど。
そしてドメーヌ型にこだわるには、自分でなければできないという自信もある。
立ち上げ当初は資金も時間もないし、
結婚していたり子どもがいたりするとさらにそれはできない。
技術も若さも必要。
そもそも自分に家族がいたり歳を食っていればドメーヌ型ではできないだろうと思いつつ、さらに震災というタイミングが進路を選ぶ17歳という時期に被っていなければワイナリーをやっていたのかという疑問さえある。
自分が目指したいことをするために犠牲にしなければいけないことはしてきた。
震災から10年間、10年後に地元で産業を創ると、ひたすら修行をしてきた。
2021年はひとつの終わりであり始まりもある。
とってつけて思いついた事業ではない。
科学的に論理的に導いて見つけた”ワイナリー”。
私の場合、ただの地域おこしだ、というワイナリーでは圧倒的にない。
そもそも”リアルシムシティ”の陸前高田。山も爆破し、道路から、システムから作り直す「まちづくり」。
その土地に戦略もなくブドウを植えて、道の駅に卸すようなワイナリーには絶対にしない。
逆算、逆算、逆算。ひたすら逆算。レールを自分で敷いて、自分で乗っていく。
ただの学歴のために大学を目指したりとかブランドで自分を大きく見せることはしてこなかった。最短距離で、必要な情報だけを求めに行った。だから他人には理解されないときもよくあった。
そして、販路を先に確保するために、新卒でワイン商社に入社した。その後海外のワイナリーでも実際働いた。
大学でワインを学び、そのまま生産者にならなかったのは、やはり今に本当に活きている。
立ち上げの1年間、本当に辛かったけど充実していた。
立ち上げの初期の初期なのでしょうがないのだけれど。
でもたくさんの人に支えられた。
裏切られたこともあった。
この恩は事業が軌道に乗ったら何倍にもして返さなければいけないし、裏切りも何倍にしても返す。
20代で自分で一からワイナリーを創る人も日本には今のところ私だけ。
海外で20代でワイナリーを創る人は珍しくはないのだけれど。
子会社やワインが関係ない会社の新事業でワイナリーを創っているわけではない。醸造家や栽培家として会社に所属しているわけでもない。
日本で史上最年少のワイナリー生産者。
さらに生産者でソムリエの資格を持っている人となるとそもそも少ないし、続けている人となるとかなり少ない。しかも未だに海外の大使や総領次官を相手にサービスしている人はまずいない。
マーケティング、コンセプト、政治、資金調達、ワイン醸造、栽培、ソムリエ。
こんなありとあらゆることをやっている20代のワイン生産者はいない。
いたらぜひとも教えてほしい。お友達になりたい。
僕が目指したいのは、その土地じゃないとできないこと。
よく勘違いされるのは、”農家”だということで話を聞きたいという人がいる。
そもそも私は家系としては農業の家系では全くない。
どちらかというと家の目の前が海の環境で育ち、漁師の家系だ。
水産業が大きな産業であるこの陸前高田で。三陸で。
水産業の復興をしなければいけない。
ペアリングという概念も活きる。盛岡や仙台の都市部まで車で2時間はかかる広さ。宿泊施設が必要だよね、と。
ドメーヌ型だが、いずれはオーベルジュ形式(宿泊レストラン型)を予定している。
ただのワイナリーではなく、それを見越してワイナリーを建設する場所を選ばないといけない。
検討できる箇所はこだわらなければあるが、時間ギリギリまでそれはこだわりたい。
乞うご期待。
私の中では、地域復興がベースにありその上でのワイナリー。
そして相当なビジネス感覚を意識して動いている。
ソムリエスカラシップやASI、WSET Diplomaも時間があればやりたいところだが、やはり経営のほうを優先してしまう。
地域に続く事業にするために、これまでの10年間の修行を終えて、また次の10年間から逆算して動いているので、ながーーーい目で見守っていただければ幸甚。
特にも相手は植物であり自然なので、急に成長はできない。
急な成長できてしまう事業ほど模倣もされやすいし、資金力が物語ってしまう。
初期に多額のお金をかけて創った事業は結局維持にも多額のお金がかかる。
私は、アルバリーニョとコルドンにこだわる(標高が高すぎる畑だと考えるが)。
ドメーヌとして余分にブドウをあげられるくらい畑をたくさん作り新規参入を促す。
そして産業として地域に根付き回るようにする。
仕組みとして成立しなければならないし、自己満では意味がない。
自分のやりたいことは、自分の代で完結できることでもないし、自分はただの繋ぎ役。
地道に、着実に、クレイジーに。
いつか、遊びにきてください。
東京に行くことも多いので、声をかけていただければぜひお会いしましょう。
次の1年間もよろしくお願いいたします。
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