女子高生退魔師 夏芽~第四章 霧島怜司~
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夏芽が病院に着いた時には、響子は病室で退院の準備をしているところだった。
「響子ちゃん、良かったぁ、まだ居た」
響子は夏芽の姿を見ると手を止めてベッドに腰を掛けた。
「遅い」
響子はわざとらしくそっぽを向いた。
「ごめん、鬼頭家の手掛かりが見つかったよ。それで、李幻覇とかいうクリフォードを倒したお爺さんと戦った」
響子は夏芽の言葉に目を見開いた。
「どうだったの?」
「うん。まず、鬼頭家と神代家の若い退魔師の遺体が見つかったって場所でこれを見つけたよ」
言いながら拾ってきた印が彫られた小石を響子に差し出す。
「これって、かなりの大きさの式神を作る時の印じゃない。ってことは…でも警察や医者の目を騙せるほどの式神なんて」
「だけど、鬼頭家の若い退魔師って、鬼頭家の系譜で天才と呼ばれるほどの退魔師で、なおかつすごく強大な霊力の持ち主なんでしょ?なら可能じゃない?」
「……確かにね。ましてや同じように言われている神代家の若い退魔師も一緒にいたなら可能か……」
響子は顎に手を当てて考え込みながら答える。
「ということは、鬼頭家と神代家の若い退魔師は生きてるわね。なんて奴ら、自分の一族を皆殺しにするなんて。」
「しかも、五大退魔師中最強と言われるの鬼頭家、神代家の退魔師達をたった二人で倒した。とんでもなく強い」
響子は再び顎に手を当てて考え込み始めた。
「それで、李幻覇は倒せたの?」
響子は小さく、うーんと唸ってから夏芽に尋ねる。
「ごめん、あのお爺さんを退けたけど倒せなかった」
「……そう。でも退けたのは上出来じゃない、それに夏芽を見るかぎり無事そうだし」
響子はうなだれる夏芽に優しく声を掛けた。
「私も式神を放って色々調べてたんだけど、あいつらとんでもない計画を立ててるみたい。夏芽が倒した犬塚醍醐、クリフォード、李幻覇、他にあと三人の計六人は、日本の霊脈を狂わせる計画を立ててることが分かったわ」
響子の言葉に夏芽は目を見開いた。
「そんなことしたら、日本は」
「間違いなく破滅する。だから止めに行く。場所は判明したからこれから行くわよ」
「分かった」
言うが早いか、夏芽と響子の二人は手早く退院の手続きを終え、外に出た。
直後、激しい地震が二人を襲った。
「何、この地震」
「まさか、もう儀式が始まったの?夏芽、急ぐわよ。場所はこの式神が覚えてる」
響子の右肩の辺りに小さな鳥が停まっている。しかし、よく見ると鳥の額には小さな宝石のようなものが付いていた。
「分かった。月牙」
「ああ、手遅れにならないうちに儀式を止めるぞ」
響子の式神は上空を飛び始めた。それを追い掛けるようにして三人も走りだした。
葛木街からやや離れた山中にある樹海の洞窟内の一室。
白い壁の部屋にグレーのスーツの上に白い白衣を着た片眼鏡の男――霧島怜司がパソコンの画面を見ていた。パソコンの画面には二人の少女と一頭の狼が樹海の入り口まで来ている姿が映されていた。
「へー、思っていたより早く来ましたね。式神が来てたのを無視していた甲斐がありました。さて、ここまで来れますか?」
怜司は薄い笑みを浮かべ、パソコンのキーを押した。
夏芽達三人は響子の式神を追い、樹海の入り口に立っていた。
「この樹海の奥にあいつらの儀式の場があるわ」
鬱蒼と茂った木々で空が見えず、また日の光も届かない暗い樹海は夏芽達の侵入を拒んでいるようだった。
「ここからは厳しくなるわよ。そこで、これから先は私に何があっても夏芽は先に進んで儀式を止めて。逆に私も夏芽に何があっても先に行って儀式を止める」
響子は夏芽に振り返り告げる。
「分かった、だけど私は響子ちゃんを守るから」
夏芽と響子はこれからの戦いにそなえる覚悟を誓い合った。
「行くわよ」
三人は樹海の中へ走っていった。
鬱蒼と茂った木々の間を三には真っすぐに走っていく。と、突然月牙が叫んだ。
「夏芽、響子、下だ」
夏芽と響子の二人が月牙の声で立ち止まると、三人の周りの地面からそれぞれ身体の一部が破損し、腐敗が進んでるが生きているように動く人間の死体――俗に言うゾンビが多数這い出した。
その数はゆうに三十を数える。
「一気に突破するわよ」
三人は各々ゾンビと戦闘を開始した。
「安らかに眠って下さい」
言いながら夏芽はゾンビの顔面に拳を打ち込んで倒すと、動きを止めず背後のゾンビに後ろ回し蹴りを放つ。一体倒すと間髪入れず次のゾンビにと繰り返し攻撃を繰り出していく。
「なんて数」
響子はゾンビの頭部に狙いを定め、一体に一発ずつ霊力の弾丸を撃ち込んで倒していく。
月牙は口から炎の塊を放ちながらも夏芽と響子のサポートをこなしていく。
二人の死角に回り込んだゾンビに炎の塊を放ち、また、二人が攻撃を受けそうなときは防御障壁を展開する。
数十分後、ゾンビを倒した三人は再び樹海の中を走っていた。
「あと少しのはずよ」
走り続ける三人の前に遥か昔に出来た洞窟が、口を開けていた。
「ここね、さあ行くわよ」
響子が洞窟に入ろうとした瞬間、どこからか放たれたナイフの攻撃によって響子の式神が消滅した。
「いやぁ、まさかあんなに簡単に私の罠を抜けてくるとは。中々やりますね、想像以上です」
声は夏芽達の背後から聞こえてきた。
「はっ!」
夏芽達が振り替えるとそこには、グレーのスーツの上に白衣を着た片眼鏡の男が立っていた。
儚くもどこか狂気を秘めた男はその両手に数本の青白い輝きを放つナイフを握っている。
「だから、貴方達をここから先に往かせる訳にはいかないんですよ」
白衣の男――霧島怜司はそう言うとナイフをかざし薄く微笑んだ。
「夏芽、先に往って」
響子は銃を構えながら夏芽を促す。
「私も戦う」
夏芽は両拳を構えようとしたが、響子がそれを制した。
「夏芽、樹海に入る前に誓った筈よ。先に往って」
「でも」
それでも残ろうとする夏芽を振りほどくように響子は続ける。
「一刻も早く儀式を止めなきゃいけないの。ここで三人とも立ち止まることは許されないわ。月牙、早く夏芽を連れていって」
「分かった、往くぞ夏芽」
月牙は歩きだし洞窟の入り口で夏芽を待つ。
「響子ちゃん、待ってるから」
「大丈夫、必ず後から往く」
響子は振り向きもせずに答えた。
《頼んだわよ、夏芽、月牙。必ず儀式を止めて》
やり取りをみていた霧島が口を開く。
「別れは済みましたか?」
「別れじゃないわ、また必ず合流する。あんたを倒してね」
響子は怜司に銃を構えながら答える。
「じゃあ、やってみせてもらいましょう」
怜司は笑顔でナイフを響子に投げた。
響子はそれを撃ち落としながら、一定の間合いを取るように洞窟から離れていく。
それを追って怜司も響子に続く。
「楽しいですね」
怜司はニコニコしながらナイフを投げていくが、響子はそれらを走りながら撃ち落としていく。
響子と怜司は樹海の中の開けた場所に走り込んだ。
「私は楽しくないわ」
響子は怜司の肩を狙い引き金を引く。
しかし、霊力の弾丸は怜司の肩を貫くことはなく、怜司のナイフによって切り裂かれていた。
「えぇー、そうですか?残念です」
「つっ」
響子は突然バランスを崩し、地面を転がった。
響子の右足からは一筋の血が流れている、怜司のナイフによって傷を負っていた。
間髪を入れず響子が倒れた場所に数本のナイフが突き刺さる、響子は転がりながらそれらを避けていく。
「ちっ、しつこいわね」
「ほら、早く立たないと刺さっちゃいますよ」
怜司は蛙を睨む蛇のような眼で片膝立ちの響子を見下ろし、ナイフをちらつかせる。
「言われなくても」
響子は片膝立ちの状態から怜司を睨み、引き金を引く。
「ふふ、そうこなくては面白くありませんね」
怜司は笑顔のまま正確に自身の眉間を狙って放たれた弾丸を切り払った。
直後、怜司は一瞬だが驚愕の表情を浮かべた。
切り払った弾丸のすぐ後ろにもう一発弾丸があり、怜司を襲ったのだ。
「なっ」
顔をそらし辛うじて弾丸を避けるが、右頬に掠り傷を負った。
「今のはひやっとしましたよ。そんなこともできるんですか。へー器用ですね、" 父親 に似て "」
片眼鏡を直しながら怜司はナイフを出現させる。
「どういう意味?」
響子は怜司の言葉に激しく動揺し、困惑と怒りが混じる顔で怜司に向けて銃を構える。
「意味?言葉通りの意味ですよ。あなたの両親である風間の退魔師とは面識がありますから」
響子の脳裏に両親の遺体に残った傷が浮かぶ。そして、怜司に抱いていた疑惑が確信に変わった。
「私の両親を殺したのはあんたね」
響子の瞳に激しい殺意が浮かび、先程までの身体の震えがぴたりと止まった。
「はい。私の霊力を強化させるために、あなたの両親を利用させてもらいました。いやぁ、なかなか苦労しましたよ。父親の盾になって私のナイフを全身に浴びる母親、そしてその後ろからジャンプしながら父親が出てきたのには驚きましたね。まぁ、そこまでしてようやく私に掠り傷を負わせられたのにも驚きですね。
すぐに私のナイフに全身を貫かれましたけど。そういえば、最後に何か言っていましたね、確か響子、響子って。ひゃははははははははははははははは、は?」
空を仰ぎ高笑いをあげる怜司の右肩から突然血が噴きだした。
「いいですね、その眼。復讐する人間にはぴったりの眼です」
怜司の顔にうっすらと狂気を孕んだ笑みが浮かび、糸のように閉じていた目が細く開いた。
「あんたの言う通り、私は復讐をするためだけに今まで生きてきた。絶対にあんたを生かしておけない」
響子は言いながら銃を撃つ。
響子の放った弾丸はしかし、怜司の姿を捉えることはできなかった。
「くっくっくっ、もう私には当たりませんよ。あなたの攻撃は見切りました」
絶え間なく放たれる必殺の弾丸の全てを難なくかわしながら、怜司は響子に接近していく。
「ひはははははははは」
怜司のナイフが響子の左脇腹を狙って放たれる。
しかしそのナイフは響子の左手に出現した新たな銃のグリップで叩き落とされた。
「おや、その銃は父親の使っていたもう一つの銃ですね?片方しか使ってないから持っていないのかと思いましたよ」
「あんた相手なら使う必要がないと思ってたからよ」
響子は、両手の銃を空手かなにかの武道の型のように怜司に向けて構える。
風間流退魔格闘術独自の構えであり、左手は横に倒し前方へ、右手は肘を曲げ顔の横に置き、足を肩幅に前後に開いてやや腰を落し構える。
「ほう、懐かしいですねその構え。さて、お手並み拝見です」
言いながら両手にナイフを出現させる。
「その余裕、すぐに砕いてあげるわ」
両者はほぼ同時に走りだす。
「ひははははははっ」
怜司の手からナイフが響子に向かって絶え間なく放たれる。
響子はナイフを両手の銃で時に撃ち落し、時に避けながら怜司との間合いを詰めていく。
「あんたの笑い方、ムカつくわ」
そして、怜司がナイフを投げれる間合いを完全に潰し、響子の格闘術の間合い、三メートルほどの距離に持ち込んだ。
「どうも ♪ なるほど、やりますね。しかし、私にはナイフがありますよ?」
「私には銃があるわ」
響子は右手の銃を撃つと同時に走りだす。と、右上段回し蹴り(ハイキック)を怜司に繰り出した。
怜司はそれを僅かに頭を反らしかわす、しかし、次の瞬間怜司は驚愕する。
響子はハイキックを放った勢いのまま回転し、左手に持つ銃を撃った。
「なっ」
「どう?」
響子の放った弾丸は怜司の眉間に当たったと思われた。しかし、弾丸は怜司の顔の手前の空中で止まっていた。
「なんで」
響子は十分な距離を取って両手の銃を怜司に向かって構える。
「いやはや、今のは本当に危なかったですよ。まさか私の真の能力を使わされるなんてね、あなたは両親を超えているんですね」
薄く笑う怜司の前に青白い光の粒子が集まっていく、光は集まり人の形を成した。
「………パパ」
響子は青白い光となった自分の父親、風間翔巌の姿を見て驚愕し、銃を下ろした。
響子が銃を下ろした瞬間、響子の左の横腹にナイフが突き刺さった。
「ぐっ」
響子は苦痛に歪みながら突き刺さったナイフを引き抜いた。血が流れ落ち、片膝立ちの地面を赤く濡らしていく。
「どうですか?死別した父親との再開は」
怜司は無表情の翔巌と肩を組ながら響子に問い掛ける。
「なんで、パパが」
響子は傷を押さえながらゆっくりと立ち上がりながる。
「良いでしょう、教えて差し上げます。私の真の能力、それは死者の魂を私が使役できるというものです」
響子の顔に絶望にも似た色が浮かぶ。
「パパ、私の声が聞こえる?」
必死に呼び掛ける響子に返ってきた返事は、傷付く響子をさらに奈落に突き落とすかのようなものだった。
乾いた音が響く。
「つうぅ」
響子の右肩から血が噴き出し、一筋の白煙が昇る。
突然右肩を襲う痛みに激痛に耐えながら響子が見たのは、自分に向けられた白煙をあげる銃と、無表情のままそれを構える翔巌の姿だった。
「ひははははははっ、良いですねその声、表情。堪りません。実の父親に撃たれる娘、良い、実に良いですよ。ひははははははっ」
ゲスな笑いをあげる怜司を狙い、振るえる腕で銃の引き金を引いた。
放たれた弾丸は正確に怜司の眉間を穿ため飛んでいく、が弾丸は翔巌の展開した防御障壁に阻まれた。
「パパ、お願いそんなやつの言いなりにならないで」
響子の悲痛な叫びが虚しくこだまする。
「無駄ですよ、あなたの父親にすでに思念などというものは残っていません。私の命令にのみ動く傀儡なのですから」
「なんですって」
響子の心を激しい驚きと怒り、悲しみといった様々な感情が襲った。
「さあ、父親の手に掛かって死になさい」
怜司が薄笑いを浮かべると同時に乾いた銃声が響いた。
「……馬鹿な」
怜司の顔に信じられないといった色が浮かぶ。
翔巌の身体が少しづつ光の粒子に戻っているのだ。
ものの数秒で翔巌の身体が完全に光の粒子になり消えると、怜司の前に白煙をあげる銃を構える響子が立っていた。
「まさか、自分の父親を撃つとは。予想外ですよ」
「同じ退魔師として、パパならきっとわかってくれるわ。私の感傷のために、全世界の人々を死なせるわけにはいかない」
響子はそう震えを押さえた声で言うと、二丁の銃を構えた。
「あなたみたいな人間は虫酸が走りますよ」
怜司の顔が狂気めいたものに変わる。と同時に、怜司の両手にナイフが出現する。
「奇遇ね、私もあんたみたいな人間は大嫌いよ」
響子は再び独自の構えを取る。
風の吹く音と、まわりの木々が揺れる音だけが、二人を包む。
一枚の葉が二人の眼前を通り抜けると同時に、二人はお互いに向かって走りだしていた。
怜司の放ったナイフは真っすぐに響子の顔へ飛んでいく、しかし、その全ては響子の顔を捉えることなく弾丸によって撃ち落とされた。
響子は左手の銃を怜司に向け、引き金を引く。
放たれた弾丸は、螺旋状に回転しながら怜司の胸の中心に吸い込まれていった。
瞬間、怜司の胸から赤い血が噴き出す。
「ぐっ、馬鹿な。死者の魂を操るネクロマンサーである、私が、こんな小娘にまあ、いいでしょう、あなたも道連れ……なの……だ……か……ら」
そこまで言うと罪深きネクロマンサーは目を見開いたまま俯せに倒れた。
「うぅっ。……行かなく……ちゃ、……夏……芽が……待って……る」
響子の左の横腹から流れ出る血液は一向に止まる気配はなく、傷を押さえる指の隙間から流れ続け、確実に響子の命を削っていた。
それでも響子は一歩一歩倒れることなく夏芽の下へ歩いていく。
〈行かなくちゃ、約束したんだから〉
時折苦痛に歪む顔に珠のような汗を浮かべる。
しかし、怜司と闘った場所と、夏芽と別れた場所の中間あたりの場所で響子は木に寄り掛かった。
「……はあっ、はあっ……夏芽……ごめん……行けそうに……ない……」
そう言いながら地面に座り込んでしまった。
絶え間なく流れ出る血液とともに響子の意識も少しづつ薄らいでいく。
すでにその瞳は輝きを失いはじめ、辛うじて意識を繋ぎ止めているようだった。
常人ではすでにこと切れているだろう傷でもまだ生きているのは、退魔師としての能力故のことだろう。
だが、それも限界を超え、響子の命の火は燃えつきようとしていた。
「……夏芽……ごめん……ね……あとは……頼……む……わ………あぁ……パパ……ママ……やっと……会……え……た………」
静かに響子の両手が落ちる。そして、復讐のみに生きた悲しき退魔師は、安心した顔で眠るように逝った。その顔は十代の少女の年相応のあどけない顔に戻っていた。
最後に穏やかな微笑みを浮かべる両親との再会を果たしたが故に。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件・場所とは一切関係ありません