女子高生退魔師 夏芽~第三章 鬼頭家の過去~
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葛木街から車で二時間弱ほど進んだ山の奥に、鬼頭家の本家が住んでいた家が建っている。
純和風家屋も所々破壊されたあとが見受けられ、かつて起こった事件の凄惨さを感じさせる。
屋根の一部には大きな穴がいくつも開き、壁も崩れている場所がいくつかあった。
また苔や蔦などが絡み付いた壁もある。
「凄いね」
この凄惨な現状には不釣り合いな格好をした少女と一匹の動物が屋敷を歩いていた。
どこかの高校の茶色いブレザーの制服を着た薄茶色のストレートロングの少女草薙夏芽と、その相棒の蒼い狼月牙である。
「五大退魔師の家系の中でも最強といわれた鬼頭家と、神代家を全滅させるほどの相手だったのだ、かなりの戦いが繰り広げられたのだろう」
二十年前、日本にいる五大退魔師の家系の鬼頭家と神代家の両家が、正体不明の何者かによる襲撃を受け、皆殺しにあうという事件が起きた。神代家は代々鬼頭家に従っていた主従関係にあった家系であり、鬼頭家と同じ敷地に住んでいた。
事件当日は、鬼頭家の若い後継者が正式に当主となる儀式が行なわれており、一族の退魔師二十名、神代家の退魔師十五名全員が居たのだが、誰一人として犯人を迎え撃つことは出来なかった。
鬼頭家の当主となった若い退魔師と、彼に従っていた神代家の若い後継者の退魔師が辛うじて屋敷から逃れたが、敷地内の山林で後日遺体となって発見された。これが当時のことを知る、数少ない人達からの情報である。
「何にも無いなぁ」
夏芽は屋敷の奥へ奥へと歩いていき、事件当日に、鬼頭家の当主交替の儀式が行なわれていたと思われる部屋に着いた。
五十畳はあろうかという和室に金色の屏風があり、当日は華やかな儀式が行なわれていたと思われるが、今では見る影もなく、煌びやかな水墨画が書かれた襖や掛け軸は何ヶ所も破れ、血液の跡が残っている。
「うわぁ、凄い」
まるで緊張感の欠けらもないような雰囲気で、夏芽はずんずん屋敷の奥へ進んでいく。
夏芽は屋敷のさらに奥、鬼頭家の若い当主が使っていたと思われる部屋に入った。
十畳ほどの和室に木製の背の低い机、桐製のタンスなど必要最低限の家具が置かれていた。
「ここは鬼頭家の若い当主の部屋みたいね。うん?」
机の上に飾ってあった写真を見つける。どうやらこの部屋の主の子供の頃に撮ったと思われる写真で、母親と思われる女性と彼女と手を繋ぐ少年が写っていた。だが、顔の部分や四隅の一部が焼け焦げていた。
「夏芽、ここに居たか。何かわかったか?」
別の部屋を捜索していた月牙は夏芽と合流した。
「ううん、何も」
夏芽は首を横に振った。
「あ~あっ、何か手がかりみたいな物があると思ったんだけどなぁ」
「一旦これからの行動を考えに戻るか」
「そうだね、一度葛木街に戻ろう」
夏芽と月牙が屋敷を出ようとした時、月牙が異変に気付いた。
「夏芽」
「うん。やっぱりここには何かあるみたいだね」
夏芽は破邪の紋章が施された手袋をはめると、ボクサーのように両拳を握り構える。
と、突然夏芽と月牙がいる前方に、全身を黒い装束に包み顔には白い仮面を被った五人の男が現われた。
「使い魔の類だな、力は強くないがスピードはありそうだ」
「了解、さっさと倒して探索続けよう」
夏芽はそう言うと同時に五人の内の一人に走りだす。
「はああああっ」
走りながら右ストレートを放つ、夏芽の近くにいた仮面の男はその一撃を受け地面に倒れ、直後に一枚の呪符に戻った。
「………」
仲間を倒された男達は二人がかりで夏芽に襲い掛かる。
二人は左右に別れて同時に夏芽に攻撃を仕掛ける。右にからは右ストレート、左からはミドルキックが同時に夏芽を襲う。
右ストレートは両手を顔の前に縦にして、ミドルキックは左足を上げてそれぞれ防御した。
「イッタイなぁ、お返し」
夏芽は右ストレートを放ってきた男の頭部を狙う右ハイキックを放つ、夏芽の攻撃は男の頭部に命中し、男は空中を回転しながら吹き飛んでいく。
しかし夏芽はそのまま止まらずに、しゃがみ込みながら回転しもう一人の男に足払いを掛けた。
「………!」
男は足払いをくらい空中で頭と足が側転のように半回転する。
「はああああっ」
夏芽はそのままその男の腹部に右ストレートを叩き込む、男はそのまま吹き飛ばされ柱に激突すると呪符に戻った。
夏芽と男が戦っている横で月牙が他の二人を倒していた。
仲間を倒された最後の一人は畳に溶け込むように姿を消した。
「月牙、この呪符って…」
夏芽は黄色い紙に赤い呪文が書かれた呪符を拾い月牙に見せる。
「ああ、中国の退魔師が使うものだな」
「ってことは、あのお爺さんがこれを?」
夏芽の脳裏に先日のクリフォードを倒した中国人、李の姿がよぎる、李が使っていた武器が中国の退魔師がよく使うものに酷似していたからだ。
「恐らくはな」
「これがここにあるってことは、ますますここが怪しいね」
夏芽と月牙は先程までとは違い、常に周囲に気を配りながら屋敷を出ていった。
「確か、この屋敷の裏にある山の中で鬼頭家と神代家の退魔師の遺体が見つかったんだったね」
「ああ」
二人は屋敷を周り、屋敷裏の山の中へと進んでいった。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。ワシの式神を倒すとは少しはやるのう。改めてやるかのぅ」
鬼頭家の屋敷裏にある山の奥、少し開けた場所にある岩の上に一人の老人――李幻覇が座っていた。
その足下には、先程夏芽と月牙を襲った白い仮面に黒い装束に身を包んだ男が跪いている。
「さてさて、ワシも遊ばせてもらおうかの」
李幻覇と仮面の男の体が無数の呪符の竜巻と共に消えた。
鬼頭家の屋敷裏にある山の中を夏芽と月牙が歩いていた。
整備された道などなく、半ば獣道のような道を進んでいる。
山の中を進むこと二十分、月牙が急に足を止めた。
「月牙」
「ああ、ここで間違いない」
二十年前に鬼頭家、神代家の若い退魔師二人が遺体で発見された場所、そこは直径二十メートルほどのさながらクレーターのように強大な力で木々が薙ぎ倒され、地面が抉れていた。
「凄い力のぶつかり合いがここであったみたいだね」
「そうだな。強力な霊力を持った者同士の戦いのあとか…うん?夏芽、あれを見るんだ」
月牙の指したほう――土に埋まり微かに一部が除くそれを掘り起こすと手のひらに収まるその石には朱色の印が彫られていた。
「何かな?月牙、これって式神の印だよ」
拾った小石を月牙に見せる。
「夏芽、間違いない。しかし、大勢の人間を騙すほどの式神を作るにはかなり強力な霊力がないと出来んぞ」
「ということは、鬼頭家、神代家の退魔師は…」
「ああ、まだ生きている可能性が高い」
ふいに月牙が何かを感じ、身構えた。
合わせるように夏芽が背後を振り向き拳を構えると、森の中から先程の仮面の男が現われた。
「こいつ、さっきの」
「………」
仮面の男がガクンと頭を垂れると男の身体が激しく震えだした。
そして見る見る巨大化していく。わずかな時間で男の身長が三メートルあまり、全身の筋肉が三倍に巨大化した。
「………」
男の丸太のような腕が、夏芽を捉えようと力任せに振り回されるが、 夏芽はそれを細かいフットワークで全て躱していく。
「………!」
男は周りの木々を破壊しながらムキになって夏芽を攻撃するが、夏芽はそれを躱しながら男の足元へ近づいていく。
「はああああっ」
男の動きに合わせ夏芽は男の懐に一気に間合いを詰める、そして、ジャンプしながら男の顎を拳で突き上げた。
「………!」
夏芽の攻撃をくらい、男は後ろに倒れながら呪符に戻っていった。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。やるのう小娘、少し見くびっておったようじゃ」
呪符が消える煙の向うに李幻覇が立っていた。
「巨大化したワシの式神を一撃とはな。遊びがいがありそうじゃて」
「お爺さん、この前の」
夏芽と月牙はそれぞれ攻撃態勢を取る。
「李幻覇じゃ、お前はクリフォードと戦っていた退魔師じゃな?」
「そうよ」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。すまんがのう、お前には死んでもらう」
李幻覇の両手に呪符が数枚出現した。
「月牙」
「おお」
月牙が口から蒼き炎塊を李幻覇に放つと同時に夏芽が走りだす。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
李幻覇が呪符を夏芽に投げ付ける、と同時に呪符が空中で古銭で作られた銭剣に変化し夏芽に飛んでいく。
「そんなの効かないよ」
夏芽は両拳に霊力を込めて剣を叩き落としていく。
その間に李幻覇は別の呪符を前方に投げた、それは一瞬で盾のような形状に展開され月牙の放った炎塊を防御した。
「はああああっ」
李幻覇から一メートルほどの距離まで夏芽は間合いを詰めていく。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
李幻覇の両手に再び呪符が握られていて、夏芽に投げ付けられる。
呪符は一つに集まり、剣ではなくより鋭く殺傷能力の高い槍に変化した。
「……っ!」
槍の先が夏芽に当たる直前、蒼い防御障壁が夏芽に広がり、槍を受け止めた。
槍は障壁に当たると同時に呪符に戻っていく。
「はああああっ」
夏芽は李幻覇の顔面目がけて渾身の右ストレートを放つ、霊力を込めて放つ一撃は李幻覇の張った呪符の盾を呆気なく破壊し、李幻覇の顔面を捉えた。
刹那、李幻覇の身体が数枚の呪符に変わる。
「夏芽、上だ」
月牙の声に反応し夏芽は後ろに飛び退く、と同時に夏芽がいた場所に数本の剣が突き刺さった。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。やるのう、久しぶりじゃこんなに殺すのが楽しみなのは」
空を見上げると李幻覇は空中で作った呪符の足場の上に立っていた。
「簡単には殺されないよ」
夏芽は両拳を握り直す、直後、夏芽に向けて雨のように呪符が変化した剣が放たれた。
「やらせん」
夏芽の前に月牙が飛び出し防御障壁を展開させる。
何本もの剣が嵐の雨のように障壁に激突しては呪符に戻っていく。
「うおおおおおっ」
絶え間ない攻撃に月牙はさらに力を込めていく、しかし障壁に僅かだがヒビが入っていく。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。いつまで保つかのう」
李幻覇の手からは途切れる事無く呪符が放たれる。
「月牙、こうなったら“鳳凰飛翔波”でこの障壁ごとあのお爺さんを撃つ」
「わかった、頼むぞ。このままじゃ二人とも串刺しだ」
夏芽と月牙が打合せる間も障壁には何本ものヒビが入っていく。
夏芽は右拳を顔の前にかざし印を結び始める。
「闇より生まれ人の魂を喰らい具現化したものよ、我紅蓮の炎により再び闇に還れ」
夏芽の右拳が光を放ち、夏芽の身体が炎のように紅く輝きだした。
「何をする気じゃ?」
李幻覇の攻撃が一瞬緩くなった。
「夏芽、今だっ」
「鳳凰飛翔波」
夏芽が右ストレートを放つと右拳から鳳凰の形をした炎が現われ、李幻覇に襲い掛かった。
鳳凰は障壁と李幻覇が放った剣を飲み込み、真直ぐに李幻覇にはばたいていく。
「ふぉっ、やりおるわ」
李幻覇の前に何枚もの呪符が盾状に展開され鳳凰を受け止める。
何枚もの呪符が激しく焼け落ちるたびに新しい呪符が展開され続ける。
「ふぉっ、ふぉっ、これは……」
激しい力と力のぶつかり合いの中、鳳凰は甲高い鳴き声をあげさらに李幻覇を押していく。
「はああああああっ」
夏芽の両腕が紅く光を放ち、夏芽の全身が炎のように紅く輝きだすと、夏芽は左手を右手に添える。
「鳳凰天翔波」
夏芽の右拳から双頭の鳳凰の形をした炎が現われ李幻覇に向かってはばたいていく。
「キィイイイイッ」
甲高い鳴き声をあげた双頭の鳳凰は先に放たれた鳳凰飛翔波と融合し、巨大な三つ首の鳳凰に姿を変えた。
「くっ、この小娘」
李幻覇の展開した呪符の盾が、三つ首の鳳凰の衝突により一瞬で灰も残さず焼失し、鳳凰はそのまま李幻覇を襲う。
「キィイイイイイイ」
鳳凰は李幻覇を喰わえ、そのまま上昇し、空中で爆発した。
爆撃でもあったかのような激しく大きな爆発音のあと、煙のあがったあとには左足の膝から下が焼失し、右肩の一部からおびただしい出血をしている李幻覇が空中にたたずんでいた。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、認めてやる今回はワシの負けじゃ。じゃが次はやらせはせんぞい」
李幻覇はそう言い残し、呪符で作った竜巻の中に消えた。
「取り敢えず……勝っ……た……のか……な」
夏芽は霊力を大量に使い崩れ落ちるところを月牙に支えられた。
「ああ、勝ったんだ。だから今は休め」
「う……ん。ごめ……ん、月牙……」
李幻覇の攻撃により傷ついた体の上で、夏芽は申し訳なさそうに言うと、そのまま静かな寝息を立てはじめていた。
月牙は夏芽を起こさないようになるべく静かに木の下に移動し、夏芽とともに眠りに付いた。
山の奥、少し開けた広場のような場所の中央にある岩の上に李幻覇の姿があった。
夏芽との戦闘により、李幻覇の左足は膝から下が焼失し、右肩からはおびただしい量の出血をしている。
「あそこまでやるとはのう、醍醐とクリフォードごときでは勝てぬはずじゃ」
李幻覇は自分の座っている岩に呪符を貼り、印を紡ぎ始める。
岩に彫られている呪文のような文字が赤く輝きだした。
「その封印石を破壊してどうするつもりですか?李老師」
突然森の中から男が現われた。
「お主がワシを殺しに来るか、霧島よ」
李幻覇の視線の先にはスーツの上に白衣を着た片眼鏡姿の男、霧島 怜司が立っていた。
「その封印石を破壊して、ここにある霊脈を自分の力に変える気ですか?あの二人を倒すために」
李幻覇の白い眉がぴくりと動いた。
「貴方が動くと分かっていましたよ。あの二人はまだ計画の準備をしている、護衛で僕は動けない。なら動くなら邪魔のない今だけですからね」
霧島はにやっと笑うと片眼鏡を直しながらそう言った。
「今時、昼行灯なんて流行りませんよ」
「ふぉっふぉっふぉっ、ワシみたいなジジイには似合いじゃろ?さぁて、ワシもただで死んでやるつもりはないぞ、若造」
李幻覇はそう言いながら呪符で自分の左足を作り立ち上がる。
「良いですよ、僕も貴方の実力に興味がありますし」
霧島は、右手から瞬時に青白く輝くナイフを四本出し李幻覇に向けて構えた。
李幻覇はそれを見ると上空五メートル程の高さまでジャンプし、手に持つ呪符数枚を霧島に向けて投げ付けた。
呪符は空中で数本の銭剣に形を変え霧島に襲い掛かる。
「ふっ」
霧島は手にしたナイフを投げ、剣をナイフで全て破壊した。
それを見ながら李幻覇は着地すると同時に再び霧島に呪符数枚を投げ付ける。
呪符はすぐに剣に形を変え霧島に襲い掛かっていく。
「早いですね、しかし」
霧島は笑顔で言いながら両手に先ほど同様にナイフを瞬時に出し、剣に向けて投げ放ち全てを破壊した。
「なかなかやるのう、このジジイの血が騒ぐわい」
李幻覇はそう言いながら霧島に向かって一直線に走りだす。
「僕も楽しいですよ」
霧島はにこやかに微笑むとナイフ数本を李幻覇に放った。
その動きに合わせるように李幻覇が呪符を前方に投げると呪符から灰色の煙が発生し、李幻覇と霧島がいる場所、周囲約百メートル程迄の距離が煙に覆われた。
「ほう」
霧島は一瞬怪訝な顔つきをしたがすぐにもとの表情に変わった。その瞬間、霧島の後ろから李幻覇が現われ、呪符を変化させた槍を繰り出した。
「ふっ、予想どおりですよ」
霧島は右手にナイフではなく青白く輝く剣のような物を出現させ、振り返りざまに李幻覇の肉体を両断した。
しかし、両断されたはずの李幻覇の肉体は無数の呪符に変わる。
「?」
「こっちじゃ」
顔をあげる霧島の後方から李幻覇が現われ、槍を繰り出した。
李幻覇の槍が霧島の背中に突き刺さるかと思った刹那、微かに霧島の口元が薄く笑ったかと思うと、李幻覇の体が何かに押さえられるように固まり、李幻覇は思わず声をあげた。
「なんじゃと」
「ふふふ、さすがですね。僕の本当の能力を使うことになると思いませんでしたよ」
霧島は微笑みながらゆっくりと李幻覇に振り向いた。
「本当の能力じゃと?」
李幻覇の体の周囲に青白い光が発生し、光は徐々に人間のような形を形成しはじめる。
その光は完全に人間の形になり李幻覇の体を背中から押さえ付けていた。
「お主はクリフォード!」
李幻覇は自分の体を押さえている人型の光がかつて自分が粛正したクリフォードの顔をしていることに驚いていた。
「僕の本当の能力、それは死者の魂を操ることなんですよ」
霧島は薄く笑いながらそう言い、李幻覇の心臓を剣で貫いた。
「……不覚……」
霧島はゆっくりと剣を李幻覇の胸から引き抜き、何か小声で呟き始めた。
すると李幻覇の体が青白く輝き始め、やがて完全に青白い光になり消えた。
「ふふふ、李老師の魂、確かに貰いましたよ」
霧島は薄く笑いながら森の中に消えていった。
李幻覇との先頭から数時間後、夏芽は目を覚ました。
すでに日は暮れ初め空が薄らオレンジ色に染まり始めている。
「起きたか」
「ありがとう月牙、もう回復したから大丈夫」
夏芽はゆっくりと立ち上がった。
「取り敢えず、響子ちゃんに知らせに行こう。鬼頭家と神代家の退魔師が生きてるかもしれないって」
「そうだな」
月牙も続いて立ち上がる。二人は響子の待つ病院へと向かっていった。
夏芽と月牙が去ってから数十分後、クレーターの中心に一人の男が立っていた。
やや細身で長身の男はクレーターの周辺を見回していた。
「二十年振りだな此処に来るのは。もう来ることはないと思っていたんだがな」
男はどこか哀しげな瞳をしていた。
「総一郎様、霧島の計画の準備が出来ました」
いつの間に居たのか、総一郎と呼ばれた男のやや後ろに別の男が跪いていた。
「分かった。晃、思い出すな、二十年前のことを。私を恨んでいるか?」
総一郎は晃と呼んだ男を見ずに尋ねる。
「……恨むなど。私は貴方に仕えるのが運命、ただ貴方は貴方の思うように往かれればいい」
ふっと静かに微笑み総一郎と晃はどこかへと消えた。
消える瞬間、総一郎は鬼頭家の屋敷から離れた場所に建つ小さな離れに向かって“もうすぐだよ、母様”と呟いた。
満月が不気味に輝く深夜――葛木街からやや離れた山中に昔から誰も立ち入らない大きな樹海がある。
その樹海の中心に何百年前から存在している古い洞窟が口を開けていた。
洞窟の奥へ進んでいくと、突然ある区間から人工の建造物と洞窟が融合していた。
白い壁の通路を進んでいくと、突然巨大な祭壇のような建造物が現われた。
祭壇の中心に三人の黒いフードを着た男が立っていた。
中心には、装飾のようなものが施されたフードを着た男が立っている。
「怜司、持ち場を頼んだ。晃、始めるぞ」
「かしこまりました」
片眼鏡をした男――霧島怜司は、恭しく一礼すると祭壇から離れ、通路に向かって歩いていった。
「始めるぞ、晃。私達の悲願の成就がもうすぐで成る」
「はい、総一郎様」
装飾の施されたフードの男――鬼頭総一郎と、彼の右にいる男――神代晃は同時に印を紡ぎ始める。
直後、祭壇にある赤い文字が刻まれた巨大な岩――封印石の塊が淡い緑色の光を放ち始めた。
数秒後、封印石が振動し始めそれは洞窟全体を伝わっていく。
その頃、葛木街、いや日本中が謎の地震に見舞われていた。
葛木街では震度六はあろうかという大地震が起き、公共機関が軒並みストップし、人々は避難所等への移動を余儀なくされた。
振動は海にまで伝わり、大きな波が港や海辺の町を襲った。
突然起きた日本全土に渡る現象に、人々は天変地異の前触れだ、この世の終わりだ、日本沈没だと大きく混乱していた。
「さすがは日本の霊脈の中心。さて、どうなりますかね」
怜司は不適な微笑みを浮かべ片眼鏡を直した。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件・場所とは一切関係ありません
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