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私がコーヒーを淹れる理由

夕暮れ時、まずは六珈に立ち寄り、マスターと成瀬さんに「今から行ってくる」と力の入った声でいうと、「頑張って」と重い声とガッツポーズが私を送り出してくれた。友人の店までは5分とかからないのだがそこは八幡神社のすぐそばにあって特別な雰囲気がある。小さくて時間止まっている様な特別な安らぎが店にはあった。その店の扉を開けた瞬間異世界に入り込んだ感じがするはずの居場所が、その日はコーヒー教室を目標に次から次へと人が入り込んでいく。いつもを知ってるからそれが不思議だった。「来たよー!」と扉を開けるとソワソワ、ワクワクとしている沢山の人たちと、お湯がぐつぐつ沸騰する熱気と人の活気がある中で、男の人と目が合って「あれ?」とおもった。

このあれ?はのちにワニ嫁になる序曲だったのだが、その時は謎のあれ?といった感じと同時に「写真と同じ服は着ているがおじいさんじゃない(ガッカリ)」の想定外があった。そしてその男の人は、中川ワニさんという名前がピッタリな顔をしていて鰐に見えた。

そんな中、友人があたふたしながらも、ここに座ってと知らない女の子の前の一席を案内してくれた。初めましてと挨拶したらぺこりと返事が返ってきた。

「じゃあ、時間もそろそろ近づいてきたので始めましょうか」という友人の声に皆が笑顔で持参のカップを各々の袋から取り出したのでびっくりした。私は何も用意してなかった。友人が「大丈夫ですよ、うちのカップを使ってください」とコーヒーカップを1個貸してくれた。基本コーヒーを淹れる道具は全て用意されていて体一つでいけばいいのだが、それぞれが、自分の特別なカップを持ってきて友人同士楽しそうに話しているのがすごく印象に残った。木のカップ、年期のはいったっカップ、黄色など様々なのだが、どれもその持ち主にピッタリマッチしてて個性的だった。しまった、私も持ってくればと思っていると小さな厨房の奥からよれたセーターにカバンを斜めがけした男の人が「どうも皆様今日はお越しいただきありがとうございます。中川ワニ珈琲の中川ワニです。今日は、何から話そうかなあと思うんですが…」とお話から始まった。最初に目が合った人だった。

私は淹れることへの気合で話を真剣に聞く余裕がないが、なぜだか恋話で「この人は何なんだ?」と思うが、みんなワニさんワニさんと笑って話を聞いている。あはははと場が一気に盛り上がったところで「ではコーヒー淹れまーす」に、何の指示もないのに皆が立って淹れ方を見にワニさんという人を中心に円ができた。

見たら真似したくなるというその淹れ方はとても美しくコーヒーが均一で見たことないぐらいムクムクと膨らむ。「そりゃ。あんなふうに淹れたくなるよな」と思うのは当然に思えた。ちょうどカップ一杯分取り終わるとそれをみんなで回して飲むの。一人ちょうど一口分の味に驚いた。

澄み切った切れ味のいい味わいの中にキャラゼリメされたよな甘さがあってこれがコーヒー?ととても飲みやすかった。独特な味わいというのがそれなのかはわからないが、初めて飲む味に感動している時間は無いのである。私は勝負しに来たのだ。

「みんな飲んだね、じゃあ各自ペアになって交互にコーヒーを淹れてください」という声と同時に、みんなワイワイと淹れ始める。これまた「え?」と思う瞬間、細かい説明もないのにワイワイガヤガヤ。友人がコーヒー豆を粉にしてお湯と一緒に渡していく。ワニさんという人はCDを選んでかけていた。そして店で1番座り心地のいいスペースでニコニコしながらおしゃべりしてる。
私は、初めて会う女の人の前でどうしたもんかと思うと「淹れるの初めてですか?」と聞かれて「初めてです」と答えると、「じゃあ私が先に淹れるので見ていてください」と言われた。彼女はお気に入りのカップの上にドリッパーをのせペーパーを丁寧にはめ込み40gの粉をいれて平にトントントンした。
私は最初に30gにしてほしいと頼んでいたので彼女より少ない量だなぁと思いながらそれを見つめた。背筋を伸ばして最初の1頭目を淹れてっムクムクと粉が湯を含んで膨らんだ。するとしばらく考えて、首を傾げながら淹れ続ける。カクンカクンと首がかしがるごとに茶色い液が落ちていく。そして飲みたい量(自分のコーヒーカップ1杯分)になったらドリッパーを外して、ふーとため息をついた。私の顔を見てえへへと笑い一口飲んでうーんと考え込んで「飲んでみてください」といわれてまたびっくりした。気がつくと周りもはーとため息をついて一口飲んだらうーんと考え込み飲んで飲んでと呑みっこしてる。

じゃあ、いただきますと一口飲んで驚いた。

さっき飲んだコーヒーと全く違う味で薄くて雑雑カクカクした感じだった。「全然違いますね!」と私が驚いて話しかけると「そうなんですよ、ワニさんみたいに淹れたいのにあの味にならない膨らまない。なぜだろう?」と顔が曇る。するとワニさんは順番に淹れた人のコーヒーを一口一口飲んではその人に感想を言っている。「えー、また畳みたいな味がするっていわれたよ」とあははと笑う人もいたら「時間をかけすぎ」と言われてドキリとする人もいれば「あなた、今悩み事あるでしょ」といわれて「わかりますか!?」と返事をすると「どんな悩みか知らないけどコーヒーの上で悩んじゃダメだよ」にあははと笑いが起き「じつは…」と悩みを打ち明けたりと様々だが共通点は「違う、違う、ワニさんみたいに淹れれない」である。

そして私の目の前の女性の番が来て、飲んでくださいとワニさんに差し出すとスッと飲んでうーんと考えて、「随分と力の入った味だね」というと「そうなんです、ワニさんみたいにできなくて肩に力が…」と恥ずかしそうに答えている。淹れている姿を見ていないのに見ていた様に彼女の所作を当てる。「なんで分かるんですか?」と質問する人がいて「そりゃ、飲めば分かる。何年僕がこの仕事してると思うの。皆さん同じ豆ですよ、もっと美味しく淹れれますよ。自分が飲むおいしいを思い絵がいて」の意味がわからないが、でも12人の人がいて誰一人として同じ味がなく、一喜一憂ではなく一凹一凸するのが面白い。

それを眺めていると「はい、上田さん30gだよ」と、こっそり豆を友人が渡してくれた。さあ、こんどは私の番だ。ワニさんの淹れ方は全く無視して心の中で数をか数を数えながら5日間練習してきた成果を実行した。

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