オリジナル菌糸瓶失敗作例
菌糸を扱うようになりだして、本当に空気中には目に見えない微生物(菌など)がかなり多く存在しているものなんだな、と実感するようになりました。市販の菌糸ブロックや菌糸瓶でも、カビが侵入してしまったり、腐ってしまったりと、上手く管理できないことは多々あります。それらの直接的・間接的原因と考えられるのは多種の菌類や微生物の培地へのコンタミと考えてよいかと思います。
しかし、無菌環境設備を一般家屋内に設置するのはほぼ不可能。最低限の施策として、容器や用具、培地の滅菌消毒措置ということになりますが、これも相手は
我々、人の目には見えないほどの微細なサイズで空気中を浮遊しているときてます。そんなもんを制圧することなど到底不可能。第一、それができたら、コロナ騒ぎも無かったわけですから。
それにも関わらず、素人が種菌を買って培養するなんて、やはり一般家屋内で実行するにはかなりの無理があるのです。でも、それでも、やりたくなるんですよね。成功も失敗も自分で実行した結果としてしっかりと経験したいからです。
失敗は成功の元
で、今回は失敗例をご紹介します。
とは言え、「失敗は成功の元」とも言います。「素」なのか、「基」なのか、「源」なのか、……意味合いは何れにせよ、どれも言わんとするところは似たようなもんですよね。要するに、失敗から学び取れることは多いのです。そういう意味でのご紹介となります。
今回の事例は、何れも今年7月中旬に作製のオリジナル菌糸瓶です。菌種はウスヒラタケ。やはり、夏季の気温帯では害菌の増殖がし易い環境なので高リスクということを証明した結果です。
失敗例 1
この培地は100%パルプ。
培地を消毒後の種菌接種だった筈……種菌の活性は強く、当初は順調っぽかったのですが、このように害菌にコンタミされ、ウスヒラタケ菌は辛うじて中心辺りのテリトリーを残して瀕死、培地の殆どが腐敗化してしまいました。
反省点としては、水分量が多すぎたことが挙げられるかと思います。このパルプ培地については、消毒と水分添加が必然的に同時作業になるんですが、この水分量のさじ加減が難しいということがあるんですよね。これは未だ手探りなので、程よい塩梅が見つかればオガに代わる代替培地としては今後も可能性はあるかと思っていますが、同時に、そういう意味ではハンドリングが難しい培地ということも言えるかと思います。
上下から害菌に挟まれる形になってしまいましたが、ウスヒラタケの菌自体はこれでもまだちゃんと生きています。しかし、こちらとしては最早改善不可能で、もうこれはどうしようもできません。廃棄です。ちなみに、特に悪臭などはしませんでした。
失敗例 2
こちらの培地はアスペン・チップです。
これも当初は順調にウスヒラタケ菌が増殖しているかのように見えていたのですが、ある日を境に青カビ類(種類は同定不可能)が侵入、そして、あっという間に増殖。こうなると、いつもならば即捨てるんですが、今回は経過をじっくりと観察してみることにしたんです。すると、このように、ウスヒラタケの菌はコロニーを死守しており、生き続けてるんですよね。これが、同一材中に別種の菌同士であってもコロニー形成がされれば両者共に拮抗しながら一定期間生き続ける、というサンプルになるかと思います。早い話が陣取り合戦なんですよね。最後は何れかが壊滅するか、双方共に死んでしまうか。
この例でもまだウスヒラタケは生きています。が、一方、カビの方は最近黒ずんでしまったので、どうやら死滅したように思います。このカビの死骸については、ウスヒラタケには分解できないようですね。もし、カビが完全に死滅しているのであれば、ウスヒラタケだけを抽出すれば、それを種菌として使用するのは可能かとは思います(活性次第です)。こちらについても特に悪臭はしませんでした。
わたしなりの考察
他の事例ですと、培地にカビ菌が侵入増殖しても腐朽菌の方が優勢で、程なくカビ菌が制圧され死んで消滅してしまう、という事例もあります。これには、白色腐朽菌側の活性が良いことが一番の条件であることは言うまでもありません。そして、この場合、その菌糸瓶は幼虫飼育用としての使用に問題はありません。
これまでの自身の試験結果から、そして、経験的に言えるのは、菌糸瓶用培地製作に於いては水分量調整(初期値設定)がかなり重要で、一般的に菌床製作(菌床きのこ栽培技術)でメソッド化されて示されている適正水分量は多すぎるのではないかと非常に疑問視しています。それで最近、「これは、ひょっとすると、関東地方での気象環境を基準にして設定してのことではないか?」と気づきました。全国ニュースでもそうなんですが、日本ではなんでもかんでも東京中心、東京標準化されてしまっていますからね。それに、以前に長野や山梨に行ったときなんて、わが町、京都市に比べて空気が乾燥し捲りだったので非常に驚いたことがあります。そのときの経験を思い出して、これ、盲点だと気づいたんですよね。関西地区、特に京都市内は年中湿度が高いので(地下水の埋蔵量が多いためと言われる)、水分量を推奨基準値よりもかなり少なく(結構大胆に)調整しないと上手く菌が増殖しないと思われます。ああ、思い返せば……たぶん間違いないです。やはり、農業試験による論文だとか、菌床栽培技術書であっても、そのまま鵜呑みはダメだってことなんですよね。またしても、思考停止してはダメだってこと、このように幾らでもあるんですよね。常々、自分にも言い聞かせてます。
わたしの主な使用菌種
菌種については、販売元が使用の菌株(同種でも別株が沢山存在します)によるところが大きいので決して一概には言えないのですが、これまでのわたしの使用経験だけで言わせてもらいますと、
1. ウスヒラタケが圧倒的に扱い易いです。これは、菌の活性が頗る良いということでもあるのですが、活性温度帯が広範囲なので常温飼育に於いて抜群のハンドリングの良さを実感できると思います。シーズンを通して使用できるオールラウンダーであり、種菌から植菌しての菌床製作から余裕で一年以上常温で生体保管可能です。
2. 次に、王道のヒラタケですが、オオクワガタの指向特性に最もマッチングした腐朽菌種であり、ワイルド幼虫の採取材として実際に野外でもサンプル採取して拡大培養確認していますので、まったく以って問題ありません。がしかし、人工培養である菌糸瓶としての管理については案外難しいんですよね。それはやはり、主に活性温度帯と水分量です。何れも高めに振れると極端に活性が弱くなります。なので、常温飼育では管理が厄介だったりしますし、再発菌・拡大培養についても、そのときの環境次第によって微妙でシビアなときが多々あります。
3. シワタケは、大型化にはかなりピンポイントで効く「何か」を秘めている菌種だとは思うのですが、ヒラタケと同様に活性温度帯域が非常に狭いように感じます。また、培地も固詰めすると菌が回らずに死んでしまうリスクが高いと思います。つまり、明らかにハンドリングが悪いと言えます。また、販売価格も割高で開発・販売元にやる気のなさを感じます。
4. 最後にナメコですが、みなさん、この名前を聞いて驚かれるのだと思いますが、自然界のブナ帯の白色腐朽菌種中ではむしろヒラタケよりも圧倒的な存在感のきのこなのです。まあ、しかし、菌糸瓶飼育界では無冠の帝王。わたしは知られざるダークホースと捉えているのですが、これがまたヒラタケと同様に特性がデリケートでして、去年に菌糸瓶拡大培養を試験してみたのですが、敢え無く失敗しています(また再挑戦します)。
5. その他、カワラタケ、霊芝についてはまだ使用経験がありません。
オオクワガタ特化菌糸瓶とは
もう一つ、合わせ技で、これはオオクワガタに特化しての話ですが、菌糸瓶の「緩詰め or 固詰め、どちらが良いか」という議論もよくあるかとは思うのですが、これも何度も試してみた結果、今や、わたしは固詰めが必須だと考えるに至っています。それは、幼虫の落ち着き、幼虫の体重の乗り、培地の保ち、この三拍子が揃うのは単純に結果的に見て固詰めの瓶だけだからです。これには採取者のみぞ知り得るエビデンスがありまして、ワイルド幼虫が入っている天然腐朽材というのは、実際、かなり堅いのです(鋼のハチェットがないと割れませんので)。到底、産卵材のように素手で割れるようなものではないのです。ですので、緩詰め培地は環境として明らかに幼虫が嫌い、自分で動き回って培地を固めようとします(これが、所謂「暴れ」に見える場合があります)。ただし、製作的に難しいのは、通常の粒度のオガ培地ですと、あまりにも固く詰めすぎると菌の増殖に支障が出たりすることが多々あります。また、水分量も必然的に少なめでないと上手く菌が蔓延しません。従って、相対的に仕上がるまでに相応の時間が掛かります。この辺りが各自ブリーダーによる独自の工夫ということになるかと思います。ベストを目指そうとすると、技術的にはキワキワの線を狙って菌糸瓶を作り込まないといけないので、狙い通りの完成度の瓶に仕込むのは非常に難易度が高くなります。
今回の締め
このように、きのこ(白色腐朽菌)は環境に左右されやすく、基本的に扱いが難しい大変デリケートな生き物ではあるのですが、ときにエキセントリックな展開を見せる、という、非常に奇妙で不思議な生き物なんですよね。オオクワガタの大型作出技術と同様に奥が深いので、ハマるとおもしろいのです。そして、それら両者をベスト・マッチングさせること——それが最高の結果を導き出すんだと思います。