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デリヴァランス -悪霊の家-

ネタバレ注意!

Netflix で「デリヴァランス -悪霊の家-」を観ました。
監督:リー・ダニエルズ

以下、ネタバレ感想を書きます。

(少し、間を空ける)

わりと面白かったです。
「悪魔憑き」系、あるいは「エクソシスト」系の映画として、良く出来ていると思いました。

悪魔憑き系ホラー映画では、
「この子供は本当に悪魔に取り憑かれたのか? それとも科学で説明のつく精神疾患の一種なのか?」
という疑惑を、サスペンスの隠し味に使う場合があります。
この「デリヴァランス」も同様ですが、そこに一人親の貧困問題とか黒人問題を上手くからめる事で、独自の味わいを作り出しています。

手堅く作られた良い映画でした。
ただ正直に言うと、もう少し独自性が欲しかった。
悪魔憑きに貧困家庭の問題を絡めた点は良いとしても、それ以外に特筆すべき目新しさが無い。
良く言えば王道ですが、あまりにも「エクソシスト」ジャンルの典型をなぞり過ぎているように感じました。
(例えば、悪魔に取り憑かれると卑猥ひわいな冗談を言うようになる所とか)

「母親の愛+キリストへの信仰心=最強」
……っていう決着の付け方も、何だかひねりが無さ過ぎます。
異教徒である僕には理解できない部分なのかも知れません。

映画の冒頭、字幕が出ます。

「私は、私の罪に対するゆるしを必要としている。
 それだけでなく、私は、罪の力からの解放を必要としている」

「私は、私の行いに対する赦しを必要としている。
 それだけでなく、私が私である事からの救いを必要としている」

その後、「これは、実際に起きた事件に着想を得ています」というお決まりの文句が続き、映画の最後にはモデルとなった実在の人物「ラトーヤ・アモンズ」の写真が出てきます。

僕は最初、この「罪」がどうこうっていう字幕の意味が分からなかったんです。
映画が終わって「ラトーヤ・アモンズ」に関してネットで調べてみて、合点が行きました。

映画はフィクションですから、神も悪魔も超常現象も全て実在するという前提で作られます。
しかし、これが現実の事件なら話は別です。映画の「語り」をナイーブに信じる訳には行きません。

科学的かつ冷徹に疑いの目を向ければ、モデルとなった実在の家族に関して、とある可能性(=疑惑)を感じざるを得ない。
実際、Wikipedia で「Ammons haunting case」を検索してみると、この事件に関する懐疑的な分析もあるみたいです。

「モデルとなった実在の家族を、世間の懐疑的な眼差まなざしから守る仕掛けが必要だ」と、映画の製作者が考えたとしても不思議ではありません。

冒頭の「私の罪~」うんぬんの字幕は、
「仮に、現実の事件にいて、主人公のモデルとなった女性の言動に道義的なシンがあったとしても、そこは寛大な気持ちで許してあげましょう。人は皆、心の弱さを抱えているんだから」っていう作り手のメッセージのような気がします。

罪に関する冒頭の2つの文は、何かキリスト教に関係のある文言の引用なのでしょうか?
ちょっと浄土真宗の「悪人正機」を思い出しました。

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