掌編小説 望月くん
望月くんの作る音楽は、どれも荒削りだった。角の取りきれていない石、とでも言おうか。たどたどしくて、いびつで、彼の不器用さが滲み出ているかのようだ。
望月くんの作る音楽は、今のままが一番良い。私はそう思っている。でも彼自身はそう考えていないようで、時折深刻そうな表情を見せた。そのたびに私は、取り切れていない角を無理やり削ってしまうと望月くんが音楽ごと消えてなくなってしまうのではないかと不安になってしまうのだった。
心配して声をかけても望月くんは黙ったままゆっくり頷くだけで、うわの空だということがすぐに分かった。彼の世界から彼を引き離すことなど、到底できない。次第に私は、静かに見守ることに徹するようになった。
望月くんは、曲ができるとピアノで私に聴かせてくれた。でもそれは過去の話で、最近はめっきりなくなった。
彼がピアノをポロンと弾くと、私の心が躍った。荒削りでも生き生きとした彼の音楽は、彼にしか作ることができない。私は彼の音楽が好き。これは紛れもない事実で、同情やお世辞は一切なかった。
ただ、この気持ちが彼にしっかり伝わっていたのかと聞かれると、自信はない。いくら私が「素敵な曲だね」と言っても、決まって「そう?」と素っ気なく返すだけだった。
音楽に限らず、「好き」と言っても「好き」と返ってこないことは、多々ある。いくら私が望月くんの音楽を好きだと言っても、望月くんがそう思っていないなら私とのやり取りはそこで終わりなのだ。
真剣になればなるほど、人は病んでいく。そして不思議なことに、病めば病むほどインスピレーションが冴え渡る。望月くんは、それを理解しているのかもしれない。
私の知り得ない世界に、彼はのめり込んでいる。噛み合っていたピースが外されたかのように、望月くんと私の距離は遠くなっていった。