掌編小説 星屑の足跡

 学校に行かなくなってから、もうすぐ三ヶ月が経とうとしている。人生は良いこともあれば悪いこともあると聞くが、それに反して時の流れというのは一定でひどく淡々としたものだと痛感する。
 この三ヶ月間、僕は何一つ変わっていない。それなのに、季節は平然と移り変わっていく。散りかけの桜は、いつの間にか葉桜になっていた。

 殴られたとか、無視されたとか、そういうあからさまな嫌がらせを受けたのではない。ただなんとなく教室で疎外感を抱き、それを何度も繰り返すうちに、学校に行こうとすると足がすくんでしまうようになった。
「なんかつまんない」
 そのようなことを軽率に言われ、自然と人が離れていく。密かに傷つき、悲しみ、その場に置き去りにされたような気分になった。

 朝、両親が仕事に出かけた後も、僕は自室にこもった。ここにいるときだけは、地球の重力を感じてしっかりと地面を踏みしめることができた。寝癖のついた髪だけが、重力に反しふわふわと遊んでいる。
 いっそのこと僕も自由に振る舞ってしまった方が、万事うまくいくのかもしれない。でも、これはプライドなのか意地なのか、今のままの自分に一縷の望みを託すことはやめたくなかった。
 飲みかけのペットボトルを手に取り、ぐびりと水を飲む。嚥下する音が自分の中で響き渡り、今日もなんとか生き延びたのだと実感するのだった。

 ベッドの上でぐうたらしているうちに寝てしまい気付いたら夜だった、ということはよくあった。今日も一日を無駄にしたことに若干の罪悪感を覚えながら、のそのそと起き上がる。半開きになっていたカーテンに手を伸ばした。
「あっ……」
 暗闇の中で、小さく声を上げる。
 一瞬、見間違えたのかと思った。でも、確かにこの目で見た。流れ星だ。
 思わず窓ガラスに顔を近づける。よく見えない。仕方なく窓を開けてみると、暖かい外気がむわっと顔を覆った。

 すでに消えてしまって、そこには夜空が広がっているだけなのに、僕は必死に流れ星を探した。
 ない。ない。ない。
 この変わり映えしない毎日の中で、あれこそが僕の希望のように思えた。冷静にはなれなかった。
 馬鹿にされてもいい。何でもいいからきっかけが欲しかったのだ。この鬱屈とした感情から逃れるきっかけが。

 太古の昔から人々は、星に祈りを捧げてきた。何もかもが曖昧で得体の知れないこの世界で、壮大な夜空を駆け抜ける星屑に意味を求め、心の安寧を手に入れる。それはごく自然なことで、何でも理詰めで解決しようとする現代人の方が、おかしいのかもしれない。

 無我夢中で家を飛び出し、流れ星の消えた方向へ走った。
 流れ星を見つけられるなんて、一ミリも思っていない。ただただ、希望を持ちたかった。何かに縋りつきたかった。
 爆発した感情が僕の足を突き動かす。息が切れても平気だった。このまま走っていれば、空を飛んでどこか遠くへ行けるような気がした。
 街灯が眩しい。この現代には、星なんてただの石っころなのかもしれない。無性に悔しくなって、顔を歪める。
 僕は、走り続けた。

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