掌編小説 雨
「みうちゃん」
大好きな人が、私を呼ぶ。私は穏やかな気持ちになり、そっと微笑んだ。
私は、雨の日に生まれた。だから、「みう」と命名された。美しい雨と書いて「美雨」。
子供の頃、雨の日に長靴を履いて出かけるのが楽しみだった。水たまりの水を踏みつけ飛び散る飛沫を見て、妙な達成感を抱いていた記憶がある。
傘に当たる雨粒の音に合わせて、歌ってみたりもした。その時間だけは不協和音が心地よく感じて、雨というのは不思議なものだと幼いながらに感心したものだ。
大人になった今、雨が鬱陶しいと思う瞬間があるのも確かで、私の名前が美雨だからこそそう思うことに背徳感があって、勝手にドキドキしてしまう。恋にも似たこのドキドキに内心くだらないと思いつつも、私と雨の特別な関係にフフンと誇らしくもなる。
私が美雨で良かった。私だからここまで雨を好きでいられるのだし、私だからここまで「美雨」という名前にプライドを持てるのだ。
これからも、私は雨を意識して生きていくのだろう。悪い気はしない。むしろ少しうれしいくらいだ。
今日も、しとしとと雨が降っている。
「みうちゃん」
大好きな人が、私を呼ぶ。雨音を聞きながら、私はそっと微笑んだ。