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低血糖を避けるには
2-2 低血糖を避けるには
このNoteの目的などは下記リンク"はじめに"を参照してください。
今回は、ガイドラインなどには書かれていない糖尿病診療におけるコツを扱う「糖尿病診療術」の第2回。糖尿病の薬物療法と表裏一体の低血糖。治療のポイントだと思うところを考察する。
"はじめに"
1) 正常の血糖値とは
低血糖の前に、正常の血糖値がどのようなものかを知る必要がある(図1)。
健常者の血糖値は、食べても食べなくても、運動しても寝ていても、血糖値100mg/dL前後(正常値70-110mg/dL程度)の間で保たれている。
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よく日常会話で、ご飯を食べて眠く感じたり、満腹感を感じたから「血糖値が上がってきた」というのは間違いである。また、お腹が減ったからといって「血糖値が下がってきた」というのも間違いである。かなり長期間(例えば数日)の絶食を行なっても、人は低血糖にならないようになっている。血糖値を下げるホルモンはインスリンしかないのに対して、血糖値を上げるホルモンはグルカゴン、カテコールアミン、コルチゾール、成長ホルモンなどの複数あるインスリン拮抗ホルモンがあり、血糖値が下がりすぎないようにしている。これらのホルモンは、糖分の蓄えであるグリコーゲンを分解することや、アミノ酸や乳酸などから新しく糖を作り出す糖新生を起こすことで、血糖値が下がりすぎないようにしている。今でこそ飽食の時代であるが、人類は進化の過程でほとんどの時期が飢餓であったため、血糖値を上げるホルモンはこれほどまでに多数あるのであろう。そのため、多少ご飯を食べなかったからといって、低血糖をきたすのは異常自体である。低血糖の鑑別は別の機会に譲りたいが、糖尿病薬物療法以外で低血糖をきたす場合は精査が必要である。
2) 低血糖とは
血糖値の正常は70-110 mg/dL程度であるとされており、それを下回る70 mg/dL未満程度からを低血糖としている。しかし、この数値はあくまでも一般的な範囲で、例えば私の健康な知り合いで痩せ型の人は血糖値58mg/dL程度の人もいた。正常でも50 mg/dL後半という人も中にはいる。
低血糖をきたすと症状が出現する。症状は大きく分けて2つである。血糖値を上げようとする「交感神経症状」、脳へ供給する糖分が不足する「中枢神経症状」である(図1)。血糖値50 mg/dL程度を下回ると「中枢神経症状」が出現しはじめる。
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3) 低血糖を避けるべき理由
1921年にインスリンが発見され、これまで皆死ぬ病気だった(1型)糖尿病が生き延びることができるようになった。その後、生き延びた人が長年高血糖に暴露すると、糖尿病合併症をきたすことが分かった。そして、その後血糖値をしっかり下げる厳格な血糖コントロールによって、糖尿病合併症が防げることが分かった。しかし、その後とにかく下げれば良いというものではないと分かったのは比較的最近である。NICE SUGAR study(NEJM. 2009)では、ICU患者に対して厳格な血糖コントロールを行なった方が、重症低血糖が増えるとともに、死亡率が増えてしまうというショッキングな結果を示した。重症低血糖とは意識を失うなど、「自分だけでは対処できない、血糖値50 mg/dL未満の低血糖」である。さらに重症低血糖は、認知症発症のリスクを約2倍に増やす(Yaffe K, et al. JAMA Internal Med. 2013)ことや、心血管イベントのリスクも約2倍に増やす(Goto A, et al. Br Med J. 2013)ことなどが、その後報告されいる。
低血糖発作時の意識障害に伴う誤嚥・窒息、心血管障害、低血糖脳症など重篤な合併症も引き起こし得る。その場で問題なかったとしても、低血糖恐怖症(Fear of Hypoglycemia)などとも呼ばれているが、低血糖への恐怖心から高血糖を好み、血糖コントロールの悪化要因ともなり得る。
短期的にも長期的にも、低血糖(特に重症低血糖)のデメリットは大きく、低血糖を避けた治療、低血糖リスクの低い治療が望ましいとされている。
4) 低血糖を避ける治療
上記のような背景を受けて、2016年、糖尿病学会より高齢者糖尿病の血糖コントロールが策定された。低血糖リスクがある薬剤(インスリン、SU薬、グリニド薬)を用いている人では、下限値が設定された非常に画期的な内容である。そして、認知機能やADLに応じて、その目標値を変えている。現時点では、高齢者のみが対象となっている。高齢者は自律神経の障害などで、交感神経症状が出現しにくく、低血糖に気付きにくいため、特に低血糖に気をつけなければならないためである。
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まず、薬物療法として、低血糖リスクの高いものはインスリン、SU薬、グリニド薬のみである。
ガイドラインにはあまり言及がないが、これらの中でも低血糖リスクは同一ではない。私の感覚的な部分も含まれるが、簡単に使い分けを述べる。内服薬であれば、グリニド薬よりもSU薬の方が圧倒的に高い。グリニド薬のみの使用であれば、例えば下限7.0%が目標の患者が例えば6%後半になっても許容する場合もある。
SU薬にも強さがある。グリベンクラミド(オイグルコン)>>グリメピリド(アマリール)>グリクラジド(グリミクロン)の順に強い。
・グリベンクラミドは低血糖リスクが高く、私が処方することはない。糖尿病専門医の多くは処方しない。
・グリメピリドはやむを得ない患者には処方する時がある。使用しても最大2 mg/日にとどめる。それでも血糖コントロールがつかない場合はインスリンが必要になると考える。グリメピリドはシェアも多く、経口血糖効果薬の中では重症低血糖の原因として最も多い。
・グリクラジドは一番弱いが、その分低血糖リスクも低く、最初の導入として最も使いやすい。腎機能障害がある人や高齢者では10-20 mg/日の少量から開始する。
SU薬は、低血糖の部分で嫌われている部分もあるかもしれないが、1錠でしっかり血糖を下げ、低血糖以外の大きな副作用もないため、低血糖リスクに十分注意しながら使用する分には高齢者に使用する場面も多々ある。
インスリンの中でも、持効型インスリンよりも超速効型インスリンの方が低血糖をきたしやすいと思われる。少量の持効型インスリンで、血糖値が安定している方であれば、低血糖リスクはそれほど高くないと判断する場合もある。
5) 低血糖をきたしたら
上記のような低血糖リスクのある薬剤を使用している場合、必ず外来受診時に低血糖がなかったか確認する。重症低血糖で搬送時もそうだが、低血糖をきたした患者を見つけたら、最も重要なことは原因検索である。人の記憶はどんどん薄れていくので、そのままにせず、しっかり聞き出して、対策を練る必要がある。
なお、別の機会に述べたいが、薬物療法などもなく、原因のはっきりしない低血糖は入院しての精査が必要である。
<日常診療における主な低血糖の原因>
・薬物の量の間違い(インスリンの過量投与、薬を重複して飲んだなど)
・食事の変化(普段より食事が遅れた、食事量が少なかった)
・運動(いつもより運動量が多い日だったか。遅発性低血糖といって、長時間運動の夜間や翌日朝にきたすこともある)
・低血糖に気づいていたが、我慢していた
・飲酒(アルコールは糖新生を抑制し、低血糖の原因になりうる)
・入浴 など
上記のように、低血糖を見つけたら、その原因に応じて対策を練る必要がある。
食事量が少ないなどであれば、そのような日は薬物療法を減量することや、我慢していたら低血糖対策の重要性をお話する。
低血糖に気づいたら必ず血糖測定を行い、ブドウ糖を内服するようにする。ブドウ糖果糖液糖などが入っているソフトドリンクでも代用可能であるが、飴玉などは補正に時間がかかるし、窒息のリスクもあるので、勧めれない。もし血糖測定をすぐにできない状況で症状が出現したら、間違いでもいいので、糖分を摂るべきである。本当に低血糖であれば症状は5分程度で落ち着く。
また、家族のサポートも重要である。インスリンの投与量に間違いがないかのチェックなどをお願いしても良い。重症低血糖をきたすリスクのある人や、既往のある人では、グルカゴン投与を家族に指導する。重症低血糖を家族が発見した場合はすぐに救急要請する必要がある。無理やり糖分を摂らせるのは窒息や誤嚥のリスクになるので行わない。しかし、救急車・病院への到着までは時間がかかる。以前は筋注だったが、グルカゴン点鼻粉末剤(バクスミー)も発売され、家族も覚えやすくなった。バクスミーは学校などで教職員による使用も可能と最近なった。
もちろん、重症低血糖を起こさないように普段から注意する必要があるが、起きてしまった時の対処法も予め相談しておくことが重要である。
6) まとめ
低血糖には交感神経症状、中枢神経症状がある。交感神経症状が出現し始めた段階で、糖分の摂取など血糖補正を行う必要がある。そのまま放置し、中枢神経症状に至ると自分では対応できない重症低血糖になる。重症低血糖をきたすと誤嚥・窒息・心血管障害・低血糖脳症などの急性の合併症に加え、長期的にも認知症や心血管障害のリスクを増やすことが知られており、低血糖予防は極めて重要である。
特に高齢者は交感神経症状が出現しづらく、高齢者糖尿病ガイドラインに基づいた血糖コントロール目標を遵守することが重要である。低血糖をきたす薬剤の中でもSU薬、超速効型インスリンは特に注意が必要である。
もし、低血糖をきたしたら、繰り返さないための原因検索が最も重要である。そして、低血糖をきたした時の対応を予め相談しておくべきである。