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【どこにも載ってない日本の事実】生きづらさが生まれる原因(理由)について/二階堂新太郎

これまで同じような話は書いてきたけど
何故、どうして、
ついこないだまでの自分も含めて
僕らが"生きづらさ"を抱えてしまうのか
(抱えてしまっていたのか)という事について
ズバリひと言でまとまったから書いてみる。
2024.09.19 23:25 現在
僕は映画関連の書籍やお芝居の本
ファションや音楽などの
カルチャー誌以外は全く本を読まないため
ここまで明確にまとめた書籍があったら
大変申し訳ないが
恐らくはこの国で現存する文章の中で
突き詰めて明確な内容となっていると思う。

僕たちはなぜ生きづらいのか

それは結論
「周りから固定概念を植え付けられるから」

子供はこう、男の子はこう、女の子はこう、
3歳はこう、4歳はこう、年長さんはこう、
小学生はこう、もう2年生なんだから、
もう3年生でしょ、4年生にもなって、
みんなはこうでしょ、あの子はこうでしょ、
生まれて1年も過ぎればそこからはもうずーっと。
死ぬまで周囲から
「固定概念」を植え付けられ続ける。
これは親も、そのまた親も、
特にこの国では
それがまるで"美徳"の様にすらされながら
"過去の苦しみ"を押しつけ擦り(なすり)つける感覚を
戦後、先祖代々に麻痺させながら
「生き方を強制的に矯正」されてきてしまっている。

だから現代の僕たちは
本来ならば必要のない事で
悩み苦しむ場合が、とにかく極めて多い。
しかし今書いた通り、そこに対して盲目的に
生きるしかない時代に生きてきた親たち世代は
またその上の世代たちは
ほとんどの人間がどうすれば良いかわからない。

だからもうここ数十年と
様々な家庭内でのトラブルも
この国では後を絶たない。

突然、未成年の少年少女が
何故自殺するのか、親を手にかけるのか。
急に妻や旦那や子供、家族が「失踪」するのは
外国の仕業というという話以上に
まず根本的に真正面から目を向けて
向き合わなければならない事実は、

「生まれてきた人たち"ひとりひとり"に
耳を傾けながら、その人の生き方を見つめ、
その生き方を尊重し、支え合う。という生き方」
これを体得していく必要が
本質的な課題として僕らにはあるということ。

自分の頭で考えるのを
放棄した人達で溢れてしまっているこの国で
もし今"最悪の有事"が起こってしまったら
この国は放っておいても自滅する
という話もあるが
「他者と関わらない」という
今の我々の生き方に至る
そこにある「何故なのか」についてを
またそれぞれに考える必要もあると思う。

そしてその為には個人個人でそれぞれに
ひとりの時間を確保する必要と
その中で自問自答する時間を持つこと。
そして
「植え付けられてきた固定概念」を
ひとつひとつ確認し、
不要なものを摘み取り捨てること。

古い歴史の中のある時代では
今の"シェアする"という文化によって
紡がれていた文明が存在していると
世界史の歴史上の史実としても残っている。
そしてその当時の人たちは、
双方の持ち物を持ち寄って暮らしていたと。
そして争いなどの痕跡はなく、
地球上の天変地異により文明が滅びていると。

今は人への思い遣りという言葉が
日本でもそうだし
世界中でも人を敬ったり、
労わるという佳き交流が
とても乏しくなってしまっている印象も
とても多く受ける。

しかしそんなことはない。
穏やかに暮らしたいと願わない人の方が珍しい。
わざわざ好んで争う必要もなければ
過剰に刺激を求めて自らバグりに行く必要もない

個人的に大きな手術を受けた後の
全快してからのここ3ヶ月
生まれついての不幸体質からも
ようやく抜け出せた個人的には
これから「俳優」としての表現活動と並行し
まずは脚本家としてシナリオ創作制作のための
スキル習得を目指す。

いつまでも夢を追いかけられるのは
別にその夢の種類によっては
どこの国にいたって出来る。

あなたがどの様に生きても自由な様に
僕がどう生きるのも自由だ

自分の無意識に手が届くまで
みんながそれぞれ自問自答の時間を持って
どうか生きやすい人生を手にする日を
諦めずにいてもらえたらと願いつつ
言葉どおり、
どうか皆さまご自愛ください。

二階堂新太郎
2024.09.19

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