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何気ない時間

「なんか久しぶりのドライブだよな。」
「そうだね、社会に出てからこうやって夜のんびりとドライブすることってなかったな。」
 社会に出てもう約5年が立った。今横にいる親友ともなかなか会う機会に恵まれず、ずっと1人で戦っていた気がするな。会社でも上司や先輩ともなんか馴染めなくて、周囲から浮いている自分。
 変だとか変わっているとかいつも言われる。自分では変だと思わないし、周囲の人とそんなに変わっているとは思わないのに、他人は自分のことを変わっていると言う。それで避けられることもよくある。
 なんでこんなに自分は社会から浮いてしまうんだろ。
「俺もこんな時間持ててなかったんだよな。大学生の時はこうやって意味なく夜にドライブしていたけど。あの頃は楽しかったな。なんか社会人になって疲れたな。
 運転席の親友の表情を見ると、どこか寂しそうに思えた。無理を続けていたんだろう。現場にはいないけど、自分と一緒だからなんとなくでも気持ちは分かる。
 そうか、俺だけじゃなかったんだ。他の人も自分と同じように学生の頃とは違う時間の流れがあって、目の前のことに必死になっている。でも今この何気ない時間が好きだ。この頃はずっと意味のある時間を大事に考え過ぎた。
「そうだよな。大変なことも多いよな。」
「うん、プライベートの時間も短いしね。だから余計に休むことに専念しちゃうんだよな。どうでも良いことに使いたくないって考えるし。」
「俺もそうやって何気ない時間って過ごすことを勿体無いと思ってたんだよ。でもそれって息苦しかったんだよ。時間がないことは分かるのだけどね。」
「一緒だな。何気なく漫画読んだり映画を見ることもなんかこの時間で出来ないかと焦ってたんだよ。でも焦っても何かが変わるわけでもないのに。気持ちだけが焦って何やってるんだろうな。」
 僕達は何を望んでいるんだろう。SNSを開けば簡単に成功者を知る。ネットを見れば不安になる情報も多い。僕は一体これからどうなりたいんだろう。そして何が必要なんだろう。世間の価値観についていけない。
「焦りな、僕は焦りもあるのだけどフリーズしてしまうんだよ。もう何も考えたくないっていうかさ。他の人と比べて引っ込んでしまう。」
「なるほどね。昔から競争することに苦手だったもんな。」
「そうだっけ?」
「うん、成績でも競うことを嫌がっていたし、スポーツでも競うことが嫌だから美術部とかに入ったって言ってたのを今思い出した。」
「そうだ。美術部に入ってたけど理由はスポーツだと競い合うことが多いからだった。根本的に誰かと比べてってことが好きじゃないんだよ。」
 これは完全な僕の個性。他人と比べられることも好きじゃないし、自分から比べることもしたくない。でも社会に出ると比べられることも多い。年収がどっちが上かだとか、ステータスのようなもの。
 そこにあまり価値を感じていなかったはずなのに、気付けば自分も少なからず呑み込まれていたように思う。
「忘れてたの?でも俺も学生の頃は競うことは好きだったのに、社会に出てからは周囲のプレッシャーが大きかったんだよな。ノルマもそうだし、それが毎月続いて何の為に働いているんだろってふと思うときがある。」
「ノルマね。毎月追われているような感じになるの?」
「うん、なんかそればかりでそういうのをクリアしていくのが好きな人は良いんだけど、毎月ってなると気分が滅入ってしまう。ノルマが達成されていない時は、呼び出されてなぜ出来なかったのかを説明させられるから。そのプレッシャーも感じているんだよね。周りがピリピリし出したり、上司とか特にね。」
 聞いてるだけで目眩がする。ゲーム感覚でそれをクリアしていくのが楽しいと思う人にとっては、それ程苦にはならないのかもしれないけど僕には到底出来ない。それに近い心境だったのかな。
「なあお腹減ってない?」
「あっ確かに。なんか食べに行こうか。」
 本当はそこまで減ってはいないけど、それでちょっとでも喜んでくれるなら行こうかな。
「そうだな、俺けっこうガッツリと食べたいんだよ。ラーメンでも良い?」
「ラーメンか、久しぶりに良いね。」
「ラーメンの他に焼飯も食べたいんだよな。」
 久しぶりからなんだろう、上機嫌になっている。それだけ食欲があるってことは良い事だ。久しぶりに会ったことで少しでも気持ちが前向きになれたのかな。その姿を見ているだけで自分まで幸せになる。自分にとっての友なんだから。
 車を走らせている。たわいもない話だ。たぶん多くの会話は明日になったら忘れている。それでも良い。自分と相手が楽しいと思える瞬間があるんだから。相手の希望も叶えてあげたい。
 自然と同級生や一緒だった高校の話になる。
「高校合併しちゃうんだってな。」
「そうだ合併しちゃうのか。でも子供の数も減ってるもんね。仕方ないよね。」
「うん。まあこれからもっと減っていくだろうし。」
「そうなったら本当どうなるんだろうね。」
「まあ不安になることも多いよな。でも今はやめとこ、気持ちが沈むだけだ。」
 不安になることも多いけど今はそこに浸りたくない。
「確かに。」
 そうこう話しているうちに美味しそうなラーメン屋があった。
「あのラーメン屋とかどう?」
 そう言って右前方にあるラーメン屋を示す。
「おっ良いね。ちょっと寄ってみるか。」
 背油の多いこってり系のラーメン。
「よし店に入るか。」
「うん。」
 いかにもラーメン屋という独特の匂い。
「この全部乗せラーメンって良さそうじゃない?」
「相変わらず欲張りだな。」
「いやつい全部入れたいと思っちゃうんだよ。」
「まあそう思えるくらいがちょうど良いんじゃない。健康な証拠だよ。」
「そうかな。それに焼飯もつけて。店を出る頃には腹はち切れてるかもな。」
「そうだな。太っていても知らんぞ。」
 そうやって笑い合った瞬間。
「普段お金をほとんど使わないから。ずっと家にいるだけだし。」
 その瞬間嬉しくなった。でもなんで家の中にいるんだろ。学生時代はそんなことなかったのに。今までの話しからしたら、外出したくないくらい仕事に疲れ切っているのかな。自分もそういう時期があったから、その時のことを想像する。でもそんな中俺と一緒に外出することを選んでくれた。
「ずっと家にいるの?」
「うん。休みの日に外出するってたぶん月に1回くらいかな。」
「そっか、外出するのは嫌い?」
「いやそういうのじゃないんだ。ただどうも気が乗らなくて。」
 じゃあここで自分が誘うか。自分と出掛けることが好きかどうか、受け入れるかどうか分からないけど、少なくとも今こうやって一緒に出掛けているなら嫌ではないはずだ。自分にとっても癒しの時間になる。久しぶりに会ってそれを再認識した。
「じゃあ俺もあんまり出掛けないからさ、良かったらこれから一緒に出掛ける様にしない?無理にしなくて良いからさ。」
「OK。」
「決まりだな。行きたい場所があったらいつでも言ってよ。」
 もしかして俺のことを考えてくれたのかな。それで一緒に出かけないかって誘ってくれたのかな。
「分かったありがとう。」
「俺はスーパー銭湯で行ってみたい場所があってさ。」
「スーパー銭湯か。」
 これまで行ったこともないんだけど、1人ではちょっと行きづらいけど2人なら。そんなものが相手にもあれば。
「うんまあ本当ありきたりな町の銭湯でも良いし、なんか憧れるんだよ。ほらよくあるだろ、ドラマとか映画でもさ。あういうの良いなって思うんだよ。」
「分かる。並んで浴槽に浸かったり、並んで洗っていたりしてな。憧れるよな。よし今度行ってみようか。俺もこの近くでも良いし、ちょっと離れたとこでも良さそうな場所がないか調べてみるよ。」
「俺も他に調べておくよ。ありがとうね。」
 こうやって1つの目的がきっかけとなって外出する。別に外出することが正しいと言っているんじゃない。でもそうやって何かを意欲的に調べたり、ここに行きたい、こうなりたいと思う素直な気持ちが大切なんだと思う。それが生きる活力になって、他の事にも前向きに取り組むことが出来る。この数年仕事に追われて、自分を見失いそうになっていたからこそ、ここ最近そうじゃない自分を求め始めた。そんな活力もなければ生きている実感も湧かない。
「あっ来たぞ。」
 僕の分の箸も渡してくれた。
「ありがとう。」
「よし食べようか。」
「おう。」
 美味い。あれ、ラーメンってこんなに美味しかったっけ。
 ラーメン屋に来てラーメンを食べていない自分だけど、餃子とチャーシュー丼が美味しいってのも気分が上がる。
「美味しいな。」
「いや本当俺全部乗せにして良かったよ。メンマも味付玉子もチャーシューもめちゃくちゃ美味しい。」
「こっちの餃子も美味しいわ。ラーメン屋に来て餃子が美味しいってのも良いな。麺とかスープはどう?」
「すごく美味しいよ。俺また来ようかな。」
「そうだな、他の美味しい店を探すのも良いしね。」
「そうだ、じゃあ今度ここに来るか他に美味しい店を探すかはまた考えるとして、夕食を食べに行ってからスーパー銭湯に行くってのはどう?」
「おっ良いね。」
 楽しみがどんどん広がっていく。今までになかった瞬間。これまではたぶんお互いこんな可能性が広がっていくような時間を過ごしてこなかった。それよりもネガティブに動くことが出来なかった。
 社会に出て何が自分にとってメリットがあるのか、無意味なことをしたくない。失敗したくない。そんな風にばかり考えていたけど、何が自分にとってメリットがあるのか、何がないのか。それはやってみたいと分からないし、行ってもみないと分からない。
 それにメリットデメリットばかり考えていたら人生がとてもつまらないようなものになる。そんな気もする。そんな視点でしか見れない自分が嫌になってくるだろう。その考え方自体がまるで自分の中まで決められているようで嫌だ。
 もちろん時にメリットとデメリットを考える時もあるけど、それ以外の見方も出来る自分でありたい。今この瞬間古い友人とラーメンや餃子を食べた。お金としては減っていくだけ。でも見方を変えたら、その古い友人と心地良い時間を過ごし、美味しいものを食べて、気持ちも満たされた。そして未来への楽しみも抱けるようになった。これは今までの自分にはそうそう無かった考え。これは自分にとってすごく大きいこと。
 こんな時間があるから人生って楽しいこともあるんだと気付かせてくれる瞬間でもあったんだから。
 今目の前にいる友人はどう思っているんだろう。同じ気持ちを共有出来ていたら嬉しいな。その気持ちを確認しないけど、あなたもそうであることを願っている。

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