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忘れられない食事 Vol.10 いつもそばにいる

気づけば今年もあと2ヶ月。公私ともに身近な人たちとお酒を飲みながらくだを巻いたことがきっかけで、ここしばらくで色々と新しいことに手を出し始めた。それについてはまだ様子見のところも大きいので、もう少し形になってからお話ししようと思う。

ところで、毎年この時期になると父方の祖父から電話がかかってきて、1月か2月のどこかの週末の日程を空けておくように言われる。蟹の美味しいシーズンに親戚一同で日本海側の温泉を訪れているのだが、その参加意思の最終確認だ。このイベントは物心ついたときから開催されており、大学受験の年以外は無欠席なのでもう20回くらい同じルートを回っていることになる。行きは蕎麦、その日の晩はずわい蟹、帰りは昼にステーキを食べる。一泊二日で自分の胃の限界に挑戦する、食欲おばけらしい旅行だ。

今回はあえて、毎年のご馳走である蟹についてではなく、旅の一食目である蕎麦について思いを馳せてみようと思う。何事も最初が肝心だから。

皿そばはその名のとおり、小皿に乗ってサーブされる蕎麦である。一皿あたりの量はわんこそばの約2倍で、一人前あたり5皿で提供される。毎年、近又という店を訪れているのだが、ここでは男性は20皿、女性は15皿以上食べると店で使っているお皿と通行手形がもらえる。15皿だと3人前に相当するわけだが、軽い歯触りの細麺なので、生卵やとろろの薬味を入れて味変しているといつまでも食べられてしまうので、我が家には頂いたお皿が数えきれないほどある。

大阪に居た頃は、出石は車で2〜3時間もすれば着く距離だったのが、東京からのアクセスはお世辞にも良いとは言えない。上京してからの城崎温泉は今年の1月で3回目で、去年と一昨年は場所を変えてピックアップしてもらったが、やはり移動時間がばかにならない。試行錯誤の結果、皿そばを諦めて新幹線で京都駅に向かい、そこからコウノトリを乗り継いで直接城崎温泉に向かうのが最適と判断した。そんなこんなで20年近く続いた食欲おばけ旅行はとうとうルート変更を余儀なくされ、食べ慣れた蕎麦はあっという間に遠い存在になってしまった。

出石の蕎麦を食べ損ねたことで行き場のなかった「地物としての美味しい蕎麦欲」を埋める良い経験になったのが、今週末に縁あって参加したオンラインイベント「ふるさと食体験」だ。日本のさまざまな土地の暮らしと食文化を広める様々な活動をしているベンチャー企業であるKitchike(キッチハイク)が主催している。今回は、宮崎県の高千穂郷・椎葉山地域の蕎麦職人が各地の生産者とともに開発した5種類の蕎麦を、東京の料理屋「あそび割烹さん葉か」の料理長が考案したタレのレシピで調理して食べるという企画だった。

イベントの前日に申し込んでいた荷物が届き、中身を確認しつつ当日までに指定された準備を終えた。イベントはZoomで進行するので、キッチンの近くにipadを固定して参加した。画面越しとはいえ、初めましての人たちと一緒に料理長のガイダンスに従いながら手元で料理をするのは、自宅のキッチンなのに別の場所のような、適度な緊張感と安心感が同居していて刺激的な時間だった。

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届いた荷物に入っていた九州山蕎麦は高千穂・日之影・五ヶ瀬・諸塚・椎葉という五つの町村ごとに個別に包装された山蕎麦と麺つゆが同梱されていた。優良ふるさと中央食品コンクールで農林水産大臣賞を受賞したこともあるらしく、しっかりとした箱に入っていたので贈答にも向いていると言える。この日は椎葉・高千穂・日之影の3種類を湯がいて食べた。椎葉はその文字面から予想できるが、椎茸が練り込まれた風味とコシの強い蕎麦だった。高千穂は反対にふんわりとした口当たりで何もつけずに食べると甘い。日之影は柚子の練り込まれた黄色い麺で、すすった後の喉越しと香が印象的だった。タレのレシピは豚バラと椎茸と長ネギを炒めたものを温めた豆乳と麺つゆに入れたもので、とろっとした豆乳に野菜と蕎麦が絡まってほっとする味わいだった。
※材料の都合で椎茸の代わりに舞茸を使用

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この企画では蕎麦に加えて、蕎麦の実を使った料理も作った。甘辛く煮詰めたツナと乾煎りした蕎麦の実を合わせた食べる調味料のようなものだ。クラッカーに載せて食べると塩気と相まって美味だった。家では飲酒をしない主義だがこの日ばかりはアルコールが欲しくなった。今回初めて蕎麦の実を口にしたのだが、噛むとサクサクとした食感でほんのりと蕎麦の味がして、蕎麦ボーロの赤ちゃんのような感じだった。

職人たちの想いに耳を傾けながら舌鼓を打つ、初めて聞く土地のこだわりが詰まった蕎麦は疲労気味の胃にするっと収まってしまった。つい先日から飲食店の営業制限も解除されつつあるということで、五臓六腑を程々に労りながら、年末までラストスパートをかけていきたい。

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