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映画「独裁者」を観て
チャップリンの1940年の映画「独裁者(The Great Dictator)」。
大野裕之著「チャップリンとヒトラー」(岩波新書)という本がある。出版社からのメッセージをまず紹介する。
「1889年4月16日,チャップリン誕生.同年4月20日,ヒトラー誕生.20世紀に最も愛された男と最も憎まれた男は,わずか4日違いで生まれ,その後,同じ「ちょび髭」がシンボルとなりました.さて,この「ちょび髭」は,偶然の共通点なのか,どちらかがどちらかを真似たのか――
この髭問題,本書では冒頭に早々と事実が明かされます.答えは,意図せぬ偶然によるもの.運命のいたずらか,数日違いで生まれ,たまたま同じ「ちょび髭」を生やしたチャップリンとヒトラーは,歴史の大きなうねりのなか,それぞれに破格の才能を発揮し,巨大な影響力を持つ存在,20世紀のモンスターへと成長しました.やがて両者は,「イメージ」という武器を手に,「メディア」という戦場――現代において,その闘いがますます激しくなっている戦場――で,直接的に対決する時を迎えます.それが,映画「独裁者」だった」。
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この映画は1918年、(第一次)世界大戦の戦場シーンから始まる。
徴兵されたユダヤ人の床屋の男。
この男が後にトメニアというこの国で独裁者となるヒンケルと入れ替わって最後の3分半にも及ぶ、映画史に残る名シーンたる演説を行うのだ。
チャップリンはこの一人三役をこなしている。
チャップリンは勇気があった。公然とヒトラー批判を展開したのだから。
前半に本物のヒンケルの演説がある。
「民主主義は無用」
「自由は不快」
「言論の自由は必要なし」
そして「現状維持には犠牲が必要」とし、ユダヤ人問題にも言及する。
映画史に残る3分半に及ぶ名演説
それに対して最後にヒンケルと入れ替わったユダヤ人床屋の演説は次のように述べる。
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「支配するより人々を助けたい」
「ユダヤ人も黒人も白人も人類はお互いに助け合うべきで、他人の不幸より幸福を望み、憎しみあうべきでない」
「地球には全人類を包む豊かさがある」
「機械により貧富の差が生まれ」
「知識を得た人類は優しさをなくし」
「感情を無視した思想が人間性を失わせた」
「知識より大事なのは思いやりと優しさ」
「それがなければ機械も同然だ」
LET US ALL UNITE
そして最後の最後に兵士や人々に呼びかける。
「君たちは機械ではなく人間なのだ」
「人を愛することを知ろう」
「愛があれば憎しみは生まれない」
「兵士よ自由のために戦うのだ」
「神の王国は人間の中にある」
「君の中にも!人々の中にも!」
「すべてを創造する力は君たちの中にあるのだ!」
「自由で希望に満ちた世界を!」
「民主主義の名のもとに一つに団結しよう!」
「新しい世界のために戦おう!」
「雇用や福祉が保障された世界のために!」
「国境を越え愛のある世界のために戦おう!」
「良心のために戦おう!」
「科学の進歩が全人類を幸福に導くように」
「兵士よ 民主主義のために団結しよう!」
「Let us all unite!」と叫ぶチャップリンの姿には深く感動させられた。
それは何度観ても同じだ。
そして同じユダヤ人街で心を通わせたハンナに呼びかける。
ハンナは疎開先の畑でこの演説を聞いている。
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「希望に満ちた未来が我々人類にーー」
「空を見上げてごらん」
ハンナは空を見上げる。映画は終わる。
赤狩りのターゲットとされたチャップリン
戦後まもなく始まった米ソ冷戦。
アメリカではマッカーシー上院議員らによる共産主義思想弾圧が強まり、そうした思想を持つとされた人々へのいわゆる「赤狩り」が行われた。チャップリンもそのターゲットにされた。
そのためチャップリンは海外追放されたのだ。
「名誉回復」がなされたのはずっと後の1972年のこと。
アカデミー賞名誉賞を授与されることになり、当時スイスに住んでいたチャップリンは約20年ぶりにアメリカの地を踏んだ。
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これは歴史の、しかも映画の歴史の話ではある。
でもここに投影されている事柄は今の世界そして日本にも教訓だと思う。民主主義、自由、言論の自由は大丈夫だろうか?それらは人々を支配しようとする者たちがまず目の敵にするものだからだ。
ユダヤ人問題。今、我々の周りではヘイトはどうだろうか?野放しにされているのか?それと闘っているのか?
最後にチャップリンは「LET US ALL UNITE!」と叫ぶ。
何度でも観直したい映画だ。