落語日記 落語協会の二ツ目の皆さんが、ヲタク自慢を競ってくれた落語会
福袋演芸場「ヲタク・コレクター落語会」
11月23日 池袋演芸場
福袋演芸場とは、池袋演芸場において祝日の午前中に開催される落語協会二ツ目による企画物の落語会。この日の企画は、マニアと呼んでもいいほどのこだわりの趣味を持つ若手五人が登場し、落語と共に自分の趣味の世界を語るというもの。チラシにはネタ出しと共にそれぞれの趣味が書かれている。
ツイッターやYoutubeなどで発信しているけい木さんのフィギア好きは有名だが、その他の皆さんの趣味は、この会で初めて知る。意外性のあるものから、なるほどと納得の趣味まで、バラエティーに富んでいる。なので、この日の目玉は落語ではなく、思う存分語りますと謳われているように、ヲタク魂全開の趣味トークがメインという企画なのだ。私自身はかなりのヲタク体質だと思っている。なので、この会はかなり楽しめたので、今回は長文の日記となってしまった。
出演者の皆さん、ご自身の趣味の世界を披露するのが余程楽しいのだろう。前半はネタ出しで落語を一席づつ語るのだが、皆さん一様にマクラからテンションが高く、本編に入っても勢いそのままの高座で、普段よりも一段と張り切っていたように感じられた。自分の好きな趣味のことを他人に話すのが楽しいのは、落語家さんも我々と同じなんだなあと痛感。
先日お亡くなりになられた小三治師も多趣味の人として知られていて、バイクやオーディオ、スキーなどが有名だった。そんな多彩な趣味は、有名な長いマクラのネタとしても活かされていたはずだ。また、こだわりを持ち熱心に取り組む趣味を持つことは、本業の芸にとっても悪いことではないと思う。むしろ、そのこだわりの性格が、芸に対するこだわりに繋がるように思えるのだ。
挨拶 三遊亭ふう丈・金原亭馬久
この福袋演芸場の番頭であるふう丈さんと馬久さんが高座前の客席からご挨拶。福袋演芸場の説明と、本日の企画「ヲタク・コレクター落語会」の趣旨説明。ふう丈さんが小ゑん師匠のモノマネで「めくるめくマニアの世界へようこそ」と紹介して盛り上げる。
金原亭小駒「道具屋」
チラシでは、それぞれの演目と共にヲタク趣味の内容が紹介されている。小駒さんは「ガジェット」の世界を・・とある。さて、ガジェットとは何だろう、まだまだ一般的でない用語に疑問を持った観客は、私だけではなかったはず。その意味するところは、ちょっと便利な小型の電子機器のことらしい。具体的にいうと、携帯電話やタブレット端末やその周辺機器のこと、小駒さんはその最新のモデルがお好きらしい。入手場所は秋葉原の裏通りにあるジャンク屋、その界隈を探索しているらしい。
そんな電子的小道具好きなマクラから、道具の出てくる本編へ、流れを活かした上手い導入。与太郎キャラがピッタリの小駒さん。道具屋の符牒として客が買わずに帰ることを「しょんべん」と言う件、「カワズのションベン池しゃあしゃあ」とその謂れを伝えてくれたところ、さすが馬生一門。
林家彦三「染色(そめいろ)」
続く彦三さんの趣味は「作家の草稿」とのこと。ここでも草稿って何、という興味を引く言葉が登場。まずは、その草稿とは、から。元々、近代文学がお好きで、その作家の手書きの原稿の魅力にハマっていったそうだ。昔の書生さんのような、文豪の若かりし頃のような雰囲気を持つ彦三さんにはお似合いの趣味。
東北地方出身なので、同じ東北地方出身の作家が好き。当時の作家は、放蕩者でお坊ちゃまが多かったとのこと。なので、同じ放蕩者の若旦那の噺を、と本編へ入る。
珍しい噺の多い正雀師匠のお弟子さんらしく、この演目も珍しい。私も初めて聴く。ネットで調べると、元々は二代目圓歌が得意としていたネタを、三代目圓歌に正雀師匠が勧められて演じた噺らしい。廓通いが過ぎて勘当された若旦那の与五郎が、身請けした花魁のお松と所帯を持つ。しかし甲斐性の無い若旦那に愛想が尽きたお松は、借金を残して他の男と駆け落ちする。絶望した若旦那は、身投げするも通りがかりの船に助けられる。その船上で若旦那が身の上話を語ったところで下げとなる。若旦那物でも、駄目駄目ぶりではかなりランク高位置である主人公の若旦那。
正雀師匠譲りの芝居噺の雰囲気と、淡々とした描写が悲惨さをマイルドな笑いに変えている。彦三さんにピッタリの噺だった。
三遊亭歌実「式場予約」
お次の登場は歌実さん。拝見するのは初めて。当代圓歌師匠の弟子で、師匠と同郷の鹿児島県出身。鹿児島実業高校卒なので歌実と命名。この歌実さんの趣味は「エキゾチックアニマル」の世界を語ると告知されていたが、まず落語パートでは趣味の話は触れず、通常バージョンで。
マクラでは、元鹿児島県警の警察官というご自身の経歴紹介に、ちょっとびっくり。地元の友人から結婚式の余興を頼まれたが、予定が重なりお断りしたというエピソード。そこから、結婚式場の予約係との遣り取りの新作落語の本編へ。圓歌師匠のお弟子さんらしく新作。会話のすれ違いの微妙さが楽しい一席。
林家けい木「親子酒」
SNSでご自身の趣味の世界を発信し続けているけい木さんなので、そのヲタクぶりは周知の事実。スターウォーズ好きでも有名。同じくスターウォーズファンの私としては、気になる落語家さんでもある。
そんなけい木さんが、この落語会の企画の発案者であると告白。多趣味で知られるけい木さんが、今回選んだテーマは「フィギア」の世界。
マクラでは、この会の趣旨や企画の経緯を語ったあと、一門である林家やま彦さんのエピソードで盛り上げる。現在、毎日午前中、やま彦さんと八百屋さんで荷下ろしのアルバイトをしているそうで、その仕事中のやま彦さんのシクジリ話はネタの宝庫だった。
本編は、ネタ出ししている「親子酒」。この企画を目当てに来場している観客が多い中、落語の演出も外連味にあふれた一席となった。けい木さんの得意技を活かして、大旦那を正雀師匠、若旦那を文菊師匠、そして若旦那が訪ねた得意先を当代圓歌師匠の物真似で通した。これが特徴を捉えた見事な物真似で、楽しい一席に会場は大盛り上がり。物真似されたのは、この日の出演者二人の師匠方。これには、歌実さんと彦三さんが舞台に乱入。こんなハプニングも楽しい。
柳家花ごめ「デートムービー」新作
落語のトリは、花ごめさん。この花ごめさんの語る熱中しているものが「ゾンビ映画」。この日の出演者の中では意外性ダントツ。しかし、語り始めると、そのゾンビ映画愛の凄さが伝わり、納得のヲタクぶりを発揮されていた。
この会の趣旨から、きちんと落語はやらなくても良いのではと考えていたのが、前方の皆さんがしっかり落語を披露されたのを聴いて焦ったそうで、楽屋で悩んでいた。落語でなくゾンビ映画を語ろうと思っていたが、後半のトークがあるので、まずはトークの前半部分として映画2本を落語形式によって紹介することに決めたそうだ。
花ごめさんが今回語りたかったのは、ゾンビ映画の陰と陽の陽の部分。恐怖や怪奇さを味わうことの他、恋愛映画や文芸作品としての側面。特に、ゾンビ映画に抵抗感のある初心者にお薦めしたい作品を紹介。
マクラで、そんなゾンビ映画愛を語ったあと本編へ入る。設定は、デートにお薦めの映画を姉に尋ねる弟との会話で進行する新作落語。楽屋で悩んでかなり即興的に作った新作らしい。花ごめさんだけネタ出し無し。なので、演目名はこの日記用に私が勝手に命名したもの。
姉が薦めるデートムービーがゾンビ映画なので、その意外性とギャップで笑わせる。噺の中の弟は観客と同じ立場で、姉として語っている花ごめさんにツッコミを入れる。姉が弟にオススメするゾンビ映画は「ウォーム・ボディーズ」「高慢と偏見とゾンビ」。姉の評価では、まさに恋愛映画と文藝作品の2本。
何気ない姉と弟の会話が、デートにゾンビ映画を薦めるというギャップの可笑しさを題材とした見事な新作落語になっている。花ごめさんの落語家としての技量を見直した。そんな一席だった。
仲入り
トークコーナー
全員が横並びの大喜利風に並び、釈台には司会のけい木さんが座り、その周囲には、既にフィギアがいっぱい飾られていて、ヲタクトークの盛り上がりを予感させる。皆さんが、それぞれのこだわりの趣味を伝道師として熱く語るトークを展開。ここからは写真撮影OKなので、ヘッダーに使わせてもらった。
柳家花ごめ「ゾンビ映画」
前半の落語パートで伝えられなかった初心者向けのお勧め映画を2本「アナと世界の終わり」と「ゾンビーノ」を紹介しながら、ゾンビ映画の魅力を語る。
花ごめさんの熱いゾンビ映画愛で、ゾンビに抵抗感が少なくなった観客も多かったのではないかと思う。
三遊亭歌実「エキゾチックアニマル」
ネットで調べるとエキゾチックアニマルの明確な定義はないようで、主に海外から輸入され、飼育されている犬猫以外の動物を指すようだ。ここで歌実さんが取り上げる動物は、実際に飼育されている蛇について。
手書きのフリップボードを駆使しての解説。「ペットとしての蛇」と題して、蛇を飼うことに関する疑問に答えていく。「蛇は人を噛まないの?」などの想定される質問に対して丁寧に答えていく。法的な問題点も丁寧に解説されていて、相当に詳しいヲタクぶりを発揮していた。
なつく、なつかないは関係ない。好きだから飼う。そんな歌実さんの言葉が、ペット愛の本質を突いている。
林家彦三「作家の草稿」
文学青年の雰囲気プンプンの彦三さん。知的なイメージそのままに、近代文学に大きな影響を与えたものとして、江戸時代には無かったもので明治時代になって出現した物の話から。それが、升目であり、原稿用紙の出現。それは活版印刷が始まったため。そのために、活字で印刷された完成形では分からない、文章作成途中の推敲や手直しの内容が分かる貴重な資料が手書きの原稿。ここでは、文学作家の原稿を草稿と呼ぶ。
作家の手書きの草稿は、美的観点からみても素晴らしい。草稿自体が美術品としての価値がある。そう語って、コレクションの草稿の複製を紹介。印刷された作品と校正や修正が施された草稿を読み比べる面白さ。なかなかに、ヲタクらしい視点を感じさせてくれた。
金原亭小駒「ガジェット」
VRゴーグルを付けて、機器類を持って登場。雰囲気は、5人の中で一番ヲタクらしい小駒さん。電子機器が好きで使いこなしているところは、現代の若者風。
道具屋よろしく、目の間に好きなガジェットを並べてプレゼンするところは、現代の与太郎さん。ここで紹介したのは、好きなガジェットのベスト5。下位から並べるとソニー製のノイズキャンセリング機能が凄いヘッドホン、自作のキーボード、2画面になるスマートフォン、VRゴーグル、小型のノートパソコン。それぞれ機器の凄さを得意そうにプレゼン。まさに、ジャパネット・ココマだ。
林家けい木「フィギア」
最後は司会役のけい木さん。ヲタクの皆さんから話を引き出す適切な質問と突っ込みとギャグを挟み込む、見事な仕切り役を見せていた。
この企画の発案者だけあって、手持ちのコレクションを数多く高座に並べて、ちょっと自慢気。これがコレクター気質というもの。
フィギアの説明とコレクションの紹介。メインは、スターウォーズを中心とするアメリカの映画やアニメのキャラのフィギア。きっかけは、子供の頃に買ってもらったR2D2。その実物も持参、大切にされている様子が伝わる。
マニアらしい細かいコダワリも語ってくれた。同じスターウォーズファンの私としても、楽しい時間だった。
ヲタクの皆さん、楽しい時間をありがとうございました。