恋人は冷たい1

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**1**
 

 財音《ザイオン》市住宅街、大手ホームセンターの駐車場。

 車を降りた海輝《ミキ》は携帯端末に目を落とし、改めてネットの検索結果を確認した。
 

『死体』『埋める』『見つからない場所』
 

 閉店間際の店内に入り、ノコギリ、スコップ、ビニールシート、ガムテープといったもの買った。
車に積み込み、自宅マンションがある住宅地に戻る。

 一階の自宅玄関の鍵を開けたところで、ドアレバーにかけた手が止まった。
ここを開けたら改めて現実と向かい合わねばならない。
現実とはつまり、この部屋のリビングに転がっているもののことだ。

 意を決して部屋に入った。

 すっきりと整ったその部屋の空気には死の臭いが充満していた。
荷物をソファに下ろし、リビングの灯りを点けたとき、海輝は唖然とした。

 あるべきはずのものがない。
カーペットに赤黒い血痕がわずかにあるが、その出元がないのだ。

 点々と血が落ち、隣の寝室に続いている。
そちらで床がぎしっと鳴る音がし、海輝はびくっと肩を跳ね上げた。
 

「ひっ!?」
 

 おそるおそる寝室に入ると、黒いスーツ姿の男がこちらに背を向けて立っていた。
 

「た、達真《タツマ》さん……?!」
 

 海輝は彼に駆け寄った。
 

「良かった! 死んじゃったかと思って……ヒイイ!!」
 

 相手が振り返った瞬間、海輝は悲鳴を上げた。

 オールバックの髪、削ぎ落としたように鋭い顔つき、切れ長の眼。
一時間前にこの部屋を訪れたときと同じ、いつも通りの達真だった。
口から血を垂らし、顔色がコンクリートのような灰色になっている以外は。

 血走ったその眼がぎょろりとこちらを見た。
 

「達真さん……?」

「ああ」
 

 彼は唸り声を上げた。
 

「ああああ……ゴボッ!!」
 

 そして突然、血を吐いた。
海輝は驚きのあまり床にしりもちをついた。

 彼は詰まった配水管のような音を立て、血を吐き続けている。

 ともかくベッドに座らせた。
震える手で彼の首筋に触れたが、体温も脈もない。
 

(死んでるのに動いてる……!? 何で……?)
 

 ともかく血を拭い取り、着替えさせた。
されるがままの達真に彼用のパジャマを着せようとしたとき、ふと左胸の刺青に気付いた。

 青黒い〝伐〟という一文字だ。
痣のようにも見えるが、以前見たときにはなかった。
 

「いつ入れたの?」

「あー」
 

 達真をベッドに寝かせた。
彼はまばたきしない眼で天井を見つめている。

 床の血を洗い落とすのにずいぶん時間がかかった。
深夜までかかってその作業を終えると、汗を拭い、息をついてベッドに上がった。
毛布をめくり、達真の隣に潜り込む。

 恋人はとても冷たかった。
 

**2**
 

 海輝は達真を殺す気など毛頭なかった。

 その日の夜、突然達真が海輝のマンションにやってきた。
連絡なしで来るのは初めてだった。

 先週19才の誕生日を迎えたばかりだった海輝はこのサプライズを喜んだが、渡されたものはそっけない別れの言葉だった。

 海輝は泣き喚いてそれを拒絶し、すがりついた。
達真はそれを振り払おうとし、ふたりはもつれ合って転んだ。

 達真は倒れたまま動かない。
海輝が恐る恐る彼の左胸に触れると、鼓動は停まっていた。
 

(頭を打った……?)
 

 海輝は自分の仕出かしたことに恐れおののき、部屋の隅にうずくまってすすり泣いた。
いくらか冷静さを取り戻したころに胸を駆け巡ったものは、たとえ死体であっても彼を誰にも渡したくないという狂気の独占欲だった。
 

(死体をどこか山奥に埋めて、その上に家を建てて暮らそう。
夜眠るたびに床の下にいる達真さんを感じるんだ)
 

 達真が本当に死んでいれば――甦っていなければ、実際にそうしていただろう。


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