あなた以外の誰のものにもならない2
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雀は恐る恐る顔を上げた。
汚れた作業服姿でやせ細っている。
火狼は同情で胸が痛くなった。
傭兵が雀の顎を銃口でぐいと上げ、ニヤリとする。
「若えな。高く売れるぞ」
「よし、雀くんとやら。お前さん、仲間はいるか?」
おびえきった雀は一同をきょろきょろと見回した。
苛立った傭兵がその頬を平手で張る。
「答えろ!」
悲鳴が上がる。
たまらず火狼が割って入った。
「やめろ!!」
「あ? 同類に同情でもしてんのか?」
火狼は歯を剥き出して相手を睨んだ。
傭兵と言っても、ふだんは強盗や麻薬売買を生業にしている町のチンピラたちだ。
リーダーが銃のストックで部下を押し下げた。
「やめろバカ、スポンサーの隷層だぞ」
間知が改めて雀に問う。
「ルーラーとしての命令だ。仲間はいるのか?」
「い……いた……ふたり」
雀は見えない何かに突き動かされるようにして喋り始めた。
服従機が彼の脳を操作し、ルーラーに強引に従わせているのだ。
「いた? ってか、お前の元の主は?」
「ぼくらは古鉄《コテツ》重工の隷層労働者だった……
けど暴動が起きて、ルーラーが殺されて……それでぼくらは逃げ出して……」
傭兵のひとりがふと思い出した。
「ああ、こないだあった浄水器工場のアレか。200人くらい脱走したっていう」
「車を盗んで、みんなで乗って。
朱梨《アカリ》は……みんなに迷惑がかかるとか言うから途中で降りて……
それで、ぼくらはここへ……フリー隷層の隠れ家になってるって噂だったから……」
「ほかの奴らはどこだ?」
雀は両手で頭を抱え、髪を引きちぎるほどの力で握った。
「嘘だったんだ……番犬がいたんだ、ここ! そいつ、そいつがみんな殺した!
車が……壊されてて……外に出たら変異生物に食べられちゃうし……
どこにも逃げられなくて……」
「番犬って?」
「番犬は……番犬だ。怪物だ」
彼らは顔を見合わせた。
「こいつ、おかしくなってねえ?」
「変異した熊かなんかいるかも知れん。油断せず行こう」
リーダーが顎をしゃくり、一同を奥へ促した。
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雀の靴は底が取れかけていたので、見かねた火狼がテープで補強してやった。
それを見ていた間知が感心したように言った。
「お前さん、いいヤツだな」
「……」
「ルーラーとは話したくないか?」
「お前らはみんな敵だ」
ふてくされたように答えると間知は苦笑した。
四十手前の男で、場数を踏んだ手練れの雰囲気がある。
「そう嫌うなよ。オレの女房は隷層なんだぜ」
「女房? 奴隷の間違いだろ」
「いやいや、オレは女房にルーラーとして命令したことは一度もない。
支配下に置いてるのはほかのルーラーから守るためさ。
稼ぎのほとんどは女房の罰金の支払いに当ててるし」
「そのためにほかの隷層を狩ってるんだろ。
あんたもほかのクソどもと同じだ」
「この世界はオレとオレの愛する者のためだけにあるのさ。
ほかがどうなろうと知ったことじゃないね」
定期的に間知がスキャンをかける。
ふたたび服従機の反応があり、近付くに連れて数が増えていった。
一ヶ所に固まっているようだ。
「7……いや、8人はいるな」
傭兵たちは歓声を上げた。
「ハハ! ボーナスゲットだぜ!」
反応は施設の一番奥からだ。
そこを目指して隣の施設に入ったとたん、一行は押し寄せてきた悪臭にたじろいだ。
「うっ、クセえ?!」
廃棄物の処分場だ。
焼却炉の前にゴミ袋が山積みになっている。
反応はそこからだ。
一行はテイザーを向けながらそれに近付く。
袋のひとつが破けていて、赤黒い物体がこぼれ出ていた。
傭兵のひとりが前のめりになって嘔吐した。
リーダーが呆然と呟く。
「何だこりゃ……」
それはミンチ状の人体だった。
赤黒い肉の山から手足が覗き、変異ネズミや昆虫がご馳走を貪っている。
間知は臆することなく袋の中を漁った。
ナイフで掻き分け、砕けた頭蓋骨の中から小さなチップを抉り出した。
「服従機。こいつら隷層だ」
「どういうことだ?」
「熊は死体をゴミ袋に詰め込んだりしねえってこと」
間知が雀に近付くと、火狼がかばうように立ちはだかった。
間知はなだめるように言った。
「質問するだけだって。雀、番犬って何だ?」
「わからない……けど、あれ」
震える手でゴミ袋を指差した。
「あれ、友だちの来てた服……」
「見たことを話せ!」
リーダーが怒鳴ると、火狼が彼を押し返した。
「やめろ、怖がってるだろ」
「あいつだ……あいつが……」
そのとき、黒い何かがさっとゴミ山の陰から飛び出した。
すさまじい悲鳴が上がった。
火狼が振り返ると、後ろにいた傭兵の両腕がなかった。
銃を構えたままのそれが床に落ち、遅れて切断面からどっと血が噴き出した。
「フゥウウウ……!!」
ゴミ運搬用台車の上に、幽鬼めいた人影が降り立った。
ざんばらに伸びた黒い髪、返り血まみれの上半身。
ぎらつく目は縄張りに踏み込んだ者たちへの殺意にたぎっていた。