聖戦士と失楽園3

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**9**
 

 夕食後、伊佐三は信徒をミーティングルームに集め、教壇に立った。

 彼はいつも通り説教から始めた。

 伊佐三が以前所属していた光臨派の司祭は、誘惑に負けて商売女を抱いた。
だがそれは政敵が差し向けた刺客だったのだ。
女の人工膣が分泌した毒に侵され、司祭は残りの一生を半身不随で過ごした。

 誘惑に負けるとはこういうことだと伊佐三は締めくくった。
何度も繰り返された話だが、そのたびセスは決意を新たにした。
 

(オレはどんな誘惑にも負けないぞ。伊佐三さんの期待に応えるんだ)
 

 続いて次の聖戦が発表された。

 財音の繁華街、西寧寺《サイネイジ》町に縄張りを持つギャングがいる。
名は最寧寺DESERT《デザート》、チームカラーは砂色だ。

 3週間後、彼らはよそから強奪した隷層をある密売人の元へと運ぶ。
人数は四人と少ないがいずれも容姿秀麗な少年少女で、売れば大変な値がつく。
 

「これを輸送中にさらう」
 

 伊佐三は言った。

「役割を発表する。
オレ、菱乃《ヒシノ》、氷蔵《ヒョウゾウ》、鹿澄がガンマン。
セス、谷、富山が運転手。
原田はハッカーとして警察の動きを見張れ。
詳しいことは追って説明する」
 

 セスは少しがっかりした。
銃を持って制圧に当たる花形、ガンマンを期待していたのだ。
だがともかく聖戦に参加できることには違いない。

 ミーティングのあと、みずみずしいパラダイス・ロストがひと粒ずつ配られた。
口に入れてしばらくすると、血が沸騰するような高揚感がみなぎってきた。

 伊佐三が両手を掲げ、朗々と叫んだ。
 

「兄弟たちよ! 終末後も共にあらんことを!」

「「「「「終末後も共にあらんことを!」」」」」
 

 信徒たちが退室していく中、セスは伊佐三のところへ行った。
興奮冷めやらぬまままくし立てる。
 

「チャンスをくれてほんとに感謝してます、伊佐三さん! オレ、きっとやり遂げます。
オレ、ほんとに、ほんとにあなたに憧れてて……」
 

 伊佐三は眼を細めて微笑んだが、すぐに真顔になった。
顔を近付け、囁くように言う。
 

「いいか、お前はこれから試練にぶつかるはずだ。
だが決して神とオレを疑うな。いいな?」

「はい!」
 

**10**

「車の運転だけじゃねえか。そんなのオレでもできるよ」
 

 翌朝、友人の甲子郎《コウシロウ》は呆れたように言った。
彼とセスは理科室の乾燥機を使い、パラダイス・ロストの干しブドウを作る作業をしていた。
いつもの下っ端の仕事だ。
 

「何事にも順序があるんだよ。後ろに引っ込んでるお前に何がわかるんだ」

「だって鹿澄みたいに銃をバンバン撃つわけじゃないんだろ?」

(オレだっていつかは)
 

 セスは思った。
 

(でかい銃を持って、伊佐三さんの相棒として大活躍するんだ)
 

 干したパラダイス・ロストを市販の干しブドウの空き袋に詰め込む。
これなら一見では麻薬とわかりにくい。

 袋の山を抱えて理科室を出ると、窓の外に鹿澄の車が見えた。
地下駐車場へ入っていく。

 セスと甲子郎は信徒の溜まり場になっている食堂へ向かった。
パラダイス・ロストを求めて集まってきたメンバーにそれを配る。
 

「悪い子にサンタさんからプレゼントだぞ。ひとりひとつな」
 

 菱乃と鹿澄が一緒に食堂に入ってきた。
相手が何か冗談を言ったらしく、鹿澄は笑い声を上げた。

 それを見ていたセスの中に何か形容しがたい、じりじりと胃の底を焼かれるようなものが沸いた。
その正体不明の感情に彼は動揺した。

 鹿澄がこちらに来たので、セスは袋を手渡した。
彼は微笑して受け取った。
 

「ありがと」

「あいつとどこ行ってたんだ?」
 

 さりげないふうに言ったつもりだったが、鹿澄は不思議そうな顔した。
声色に苛立ちがあることを感じ取ったのだろう。
 

「別に。気になる?」

「いや……」
 

 セスは自分が嫌になった。
 

(あいつが誰とどこに行こうと勝手じゃないか。
何であんな言い方しちまったんだ……?)
 

**11**
 

 車両や銃の調達、逃走ルートの検討などで数日が過ぎた。

 鹿澄は教団の人気者になっていた。
仕事以外でも息抜きと言ってはメンバーのひとり、あるいは複数と車で町へ出かけていく。

 日が経つに連れて、セスの中に生まれた未知の感情は大きくなっていた。

 鹿澄がほかの男と出かけるとわけもわからず不安になり、イライラする。
かといって一緒にいるときはそわそわして落ち着かず、不意に微笑を向けられたりすると、心臓の鼓動が跳ね上がった。

 セスは鹿澄をさりげなく避けるようになった。
心を乱されていることを知られたくなかったのだ。

 その日、セスは宿舎の共用スペースにいた。
椅子に座り、じっと腕時計を見つめる。
最近買った偽ブランドの安物で、色は赤だ。

 なぜ、鹿澄が好きだと言った色を選んだのだろう。

 その彼は向こうで別の信徒と談笑している。
話しかけたかったが、会話に割って入っていく勇気が出せなかった。

 そこに甲子郎がやってきた。
 

「セス、リーダーが呼んでるぜ。職員用玄関に来いってさ」
 

 そちらに行くと、伊佐三が携帯端末で誰かと話していた。
会話を打ち切り、セス、甲子郎そしてすでにそこにいた氷蔵《ヒョウゾウ》という青年の三人に言った。
 

「面倒を見てる店で客が暴れてるそうだ。一緒に来い」
 

**12**

 
 繁華街、丁徒《チョウト》通り。

 うらぶれたラブホテル街の路肩にセスたちを乗せた車が停まった。
猥雑なネオン看板を出している雑居ビルに入り、三階にある個室ビデオ店『三宝《サンポウ》』に上がる。

 この店は毎月の警備代と引き換えに聖戦派が面倒を見ている。
仲間たちと共に踏み込んだセスは、嫌悪感に顔をしかめた。
壁に貼られたアダルト動画のポスター、カウンターに並ぶ性玩具のサンプル、やたらに露出の多い制服の女性店員たち。

 店主がほっとした顔で伊佐三のほうに来た。
 

「伊佐三さん! そっちの奥だ。
あいつら、うちはそういうサービスはないって言ってんのによ」
 

 店の奥へ向かった。
両側にドアが並び、ごく狭い個室に分かれている。
一番奥で若い女性店員がチンピラ四人に囲まれていた。

 チンピラのひとりが振り返り、こちらに威圧的な視線を向けた。
 

「あ?」
 

 伊佐三は問答無用でその顔面に拳を叩き込んだ。

 人数が同じなため、自然と一対一の戦いになった。
伊佐三の前で張り切っていたセスはがむしゃらに相手に飛びかかり、殴りかかった。

 体格で圧倒している伊佐三と氷蔵が早々にふたり片付けたこともあり、すぐにこちらが有利になった。
追い詰められたとわかると、セスと取っ組み合っていたチンピラが喚き声を上げた。
 

「んだテメェ!! コラァ!!」
 

 拳銃を抜いてセスの鼻先に突きつけた。

 その瞬間、背筋が砕けるような恐怖がセスの体を突き抜けた。
悲鳴を上げて両手で顔を覆い、その場にしりもちをつく。
 

「ああああ……!!」

「セス!」
 

 伊佐三がそのチンピラの腕をねじり上げ、床に組み伏せた。
素早く銃を奪い取る。

 甲子郎が声をかけたが、セスには届いていなかった。
ガタガタ震えながら呼吸を乱している。

 伊佐三は店長に結束コードを持って来させ、チンピラたちを拘束した。
 

「氷蔵と甲子郎はこいつらを路地裏に捨てに行くのを手伝ってくれ。
すまないが誰かそいつ、セスって言うんだが、診てやってくれないか」

「わたしにやらせて」
 

 襲われていた女性店員が役を買って出た。


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