リベレーター:アウェイクン5


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**14**
 

 弦谷は不機嫌だった。

 彼は新入りの女性隷層労働者が来る日は早朝から職場を訪れ、気に入った者を宿直室に連れ込む。
夜まで待てない性分なのだ。

 今回は当たりで、見た目のいい若い女がふたりいた。
それをまとめていただこうとした直前、警報に邪魔された。

 部屋の隅で震えている彼女たちに「そこで待ってろ」と命令し、研究棟に駆けつけた。
先に集まっていた隷層保安員に聞くと、焼却施設の玄関扉が開けっ放しになっていたらしい。

 弦谷は眉を吊り上げた。
 

(焼却前の社外秘を狙ったのだとしても、ドアを閉め忘れるようなマヌケな産業スパイがいるか?)
 

 隷層労働者・隷層保安員に敷地内を捜索させる。
保安員長はたった今電話で起こされたばかりなので、指揮は弦谷が取った。

 隷層保安員から無線連絡が入った。
焼却場の死体袋がひとつ空になっているという。
 

「死体袋のタグは?」

「S1044です」
 

 その番号を聞いた弦谷は動揺した。

 こめかみに触れて意識を集中させる。
右の古鉄重工製高性能義眼が「チュイン」と小さく音を立て、周囲の服従機を捜索する。

 義眼に映っている赤い点は彼の所有している隷層労働者で、青い点は自分以外のルーラーに所有されている隷層、つまり隷層保安員だ。

 その中に目を凝らすと、ひとつだけ白の点があった。
これは誰の支配も受けていないフリー状態の隷層であることを示す。

 隷層たちを引き連れ、白の点に向かった。

 建物の裏手に回ると、日陰と見知らぬ少女がいた。
少女は場違いなブレザー制服姿でやつれており、髪はぼさぼさだが、それでも目を見張るほど美しかった。
逃げ場を求めてあたりを見回しているが、保安員たちに囲まれている。

 弦谷が義眼で彼女にスキャンをかける。
不可視の走査線がうなじにある隷層識別バーコードを読み取った。
 

――名前:水月《ミヅキ》朱梨《アカリ》(登録番号:S1044)
――年齢:17
――所有者:なし
 

「貴様……なぜ生きている!?」
 

 弦谷は驚きに目を見張ったものの、すぐに横暴な態度に戻った。
日陰を警棒で指す。
 

「お前は何をしている? 一緒に逃げるつもりだったか?」

「……」

「まあいい」
 

 弦谷は彼女のミニスカートから伸びる脚に目を移すと、下卑た笑いを浮かべた。
 

「女装すれば逃げ切れると思ったか?
ちょうどいい、その格好でここにいる全員に犯させてやる。
たまにはこいつらにも褒美をやらんとな」

「朱梨、逃げろ!」
 

 日陰が言い終わる前に、弦谷は支配機が発する支配脳波を朱梨に浴びせていた。
 

――この隷層はあなたの支配下に入り……
 

 直後、弦谷の義眼にノイズが走り、すべての表示がおかしくなった。
バグを起こしたテレビゲームのようになっている。
 

(!?)
 

 こめかみに指を当て、再度支配脳波を放とうと試みたが、作動しない。
混乱しながら周囲の労働者に叫んだ。
 

「ルーラーとして命令する、S1044を捕らえろ!」
 

 彼らはぼんやりと弦谷を見、それからお互いに視線を交わした。
命令を聞く者はひとりもいない。
 

(支配機が壊れた……? バカな! こんなこと一度もなかったぞ!?)
 

 弦谷は混乱の極みにあった。
急いで拳銃を抜き、銃口を日陰に向けた。
 

「お前! そいつを捕らえろ!」
 

 日陰は肉体が理不尽な力に屈するのを待った。
だが何も起こらないとわかると、吐き捨てるように答えた。
 

「お断りだ、腰抜けのゴキブリ野郎」
 

 パン!
 

 胸を撃たれ、日陰は崩れ落ちた。
朱梨がとっさに抱きとめる。
 

「日陰さああああん!!」
 

 弦谷はさらに朱梨を撃とうとしたが、そのとき別の隷層が彼にしがみついた。
たちまち数人で地面に引き倒し、雨あられと蹴りを降らせる。
 

「「「ブッ殺せ!!」」」
 

 それを隷層保安員たちが止めに入り、大混乱となった。

 その最中、地面にひざまずいた朱梨は、呆然と日陰の頭を抱きかかえていた。
日陰は吐血し、彼に笑いかけた。
 

「お前……キレイだな」
 

 涙をこぼす朱梨の頬に手を伸ばし、触れた。
 

「世界で一番だ。世界で一番……キレイだ」
 

 日陰は朱梨の腕の中からずり落ちた。
彼は死んだ。

 遅れてやってきた保安員長が叫んだ。
 

「何だこりゃ、どうなってんだ!? とにかく奴らを止めろ!」
 

 朱梨は涙を拭い、立ち上がった。
 

(ぼくは世界で一番キレイだ。
世界で一番好きな人がそう言ったんだから、そうなんだ!)
 

 その瞬間、誰に教わったわけでもなく彼は自分の力を理解した。
こめかみに指を当ててキッと保安員長を睨む。
意識を集中させると、己の脳から不可視の波動が放射された。

 保安員長が何かの衝撃を受けたようによろめいた。
遅れて駆けつけたほかの棟の監督官たちにも、次々に波動を浴びせていく。

 支配から解放された隷層たちは積年の憎悪を爆発させ、施設は蜂の巣を突付いたような大騒ぎになった。

 ルーラーと一般職員は次々に捕らえられ、釘打ち銃で壁に磔にされた上に火をかけられた。
特に弦谷への私刑は凄惨を極め、工業用カッターでバラバラにされて跡形も残らなかった。

 誰かが焼却場のブルドーザーを運転してきて、工場の正面ゲートに突っ込んだ。
破壊されたゲートに隷層たちがアリめいて殺到する。

 朱梨は日陰の髪を撫で、最初で最後のキスをすると、その群れに混ざった。

 一部が壊れた服従機、サイコジェネレーター・チップ。
詳しい理屈はわからないが、類まれなる偶然でこれらが共鳴して回路となり、支配機を停止させる破壊プログラムめいたものを発信できるようになったのだ。

 それは隷層制度を根底から覆す力だ。

 弦谷の前に釘打ち銃を放り出したときの、がむしゃらな反逆心が朱梨の中で燃え盛っている。
 

「……ブッ壊してやる」
 

 勢いを増す雨の中、彼は口紅を握り締めて絶叫した。
 

「全部ブッ壊してやる――――!!」


(リベレーター:アウェイクン 終)

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