あなた以外の誰のものにもならない3

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**6**

「うわああああ!」
 

 パニックを起こした傭兵が実弾銃を乱射する。
番犬は人間離れした反応速度でかわし、その首を跳ねた。

 彼は頭が床に落ちたあともしばらく引き金を引き続け、遅れて倒れた。

 全員わけもわからずその場から逃げ出した。
 

「何だよあれ?!」
 

 走りながら振り返って撃ったが、番犬は悪夢のように素早かった。
たちまち最後尾の傭兵に追いつき、首筋に食らいつく。
肉をごっそり噛み千切られたその傭兵は、血を吐きながらゴボゴボと悲鳴を上げた。

 リーダーがオフィス棟に戻るドアにたどり着いたが、開かない。
 

「鍵がかかってる!?」
 

 方向を変え、隣の研究施設へ繋がる渡り廊下を渡った。
別の傭兵が中庭に飛び出したが、数メートルも行かないうちに草むらの仕掛け罠を踏み、跳ね上がってきたスパイクに串刺しにされた。

 渡り廊下を抜けたリーダーがドアを開けて飛び込んだ瞬間、何かの留め金が外れる音がした。
中からギロチン振り子の刃(マンホールの縁を研いだものだ)が飛び出し、間一髪かわした彼の後ろにいた傭兵の上半身を真っ二つにした。
 

「ああああ!!」
 

 リーダーは噴水めいて噴き出す血を浴びながら、半ば狂乱して死体をどかしにかかった。

 火狼は雀を先に行かせ、番犬を迎え撃った。
所有者に受けさせられた強化手術により、体格に見合わない大型の拳銃でもほとんど反動を感じずに撃てる。

 だが番犬は身を翻して弾丸をいとも容易くかわし、火狼を押し倒した。
 

「ぐ……!」

「フゥゥウ……!!」
 

 人体を紙のように切り裂いていたものは番犬自身の肘骨だった。
可変式の人工骨が刃に変形している。
彼は右肘の刃を火狼の喉に当てがい、そのままギロチンのように押し切ろうと体重をかけた。

 火狼は相手の腕を掴み、死に物狂いで押し返した。
 

「くそ、てめえ!」
 

 雀は逃げようとしていた間知にすがりついた。
 

「待ってよ、あの子が……!」
 

 間知は一瞬の躊躇の後、隅に放置されていた脚立を掴んだ。
思い切り番犬に投げつける。
 

「犬野郎! ほら、取って来い!」
 

 まともに命中し、番犬は吹っ飛んで床を転がった。

 間知はすかさず銃弾を浴びせた。
番犬は跳ね起き、蛇行して銃弾をかわしながら彼のほうに向かって来た。

 彼を攻撃するかと思いきや、直前で軌道を変えた。
雀の首根っこを掴み、素早く壁をよじ登ると、二階の窓へ引きずり込んだ。

 雀の悲鳴が遠退いていく。
間知はしばらく窓に銃を向けていたが、戻ってこないとわかると息をついた。

 火狼を助け起こす。
 

「大丈夫か」

「ああ……その……ありがと」

「なに、スポンサーの客を死なせちゃマズいことになるからな」
 

 リーダーはとっくに逃げ去った後で、向かいの棟のドアは反対側から鍵がかけられていた。
火狼は苛立ち紛れに扉を蹴飛ばした。
 

「クソ、あの野郎!」

「あいつ、隷層だ」
 

 ふと間知が言った。
 

「え?」

「あの犬野郎。スキャンをかけたんだ。
名前は疾狗《シック》。所有者ありになってた。
所有者名は読み取れなかったが」

「じゃ、あいつはどっかのルーラーのために人を襲ってるのか?」

「そんなことはどうだっていい!
オレは生きて女房のとこに帰らなきゃなんねえんだ。
とにかく車に戻らねえと」
 

 ふたりで来た道を戻る。
ふと、火狼は悲しげな顔で振り返った。
 

「アイツ、死んじゃったかな……」

「雀のことか? 自分の心配をしろよ」
 

**7**
 

 全員一度には殺せなかったが、疾狗は焦っていなかった。

 部屋に戻ると、引きずってきた雀の両腕を壁際に打ち込んだ鎖に繋ぐ。
彼はもはや抵抗する気力もなく、ぐったりと疾狗を見上げた

 疾狗は拾い集めた廃品でどうにか以前の暮らしを再現しようと試みていた。
奥に薄汚れた絨毯、本棚、飾り皿や酒ビンを収納したキャビネットなどが配置され、その中央に大きなベッドが据えられている。

 ベッドに横たわった主の胸にそっと頭を置いた。
狂気に取り付かれた彼の顔はそのときだけ安らかになり、18才の少年相応のものとなった。
 

「アア……」
 

 主は疾狗の兄で、ふたりは輪違製薬の幹部の子だった。
疾狗は妾の子だったが、実の兄弟のように育った。

 疾狗が15才になったある日、兄弟は社の実験施設を見学に訪れた。
案内役の社員を撒き、ふたりきりで施設を見て回っているうちに、ドーム型薬草園に迷い込んだ。

 ちょうどそのとき、夕方の放水時間になり、天井のスプリンクラーが放水を始めた。
ふたりは笑いながらはしゃぎ、物置小屋に逃げ込んだ。

 濡れた花の香りに包まれた身体を拭い合った。
そして兄弟の一線を越えた。

 ふたりだけで過ごした秘密の時間はやがて両親に知れることとなった。
疾狗を嫌っていた義母は激怒し、深夜のスラム街に彼を置き去りにした。
疾狗はすぐに警察の浮浪児狩りに遭い、そのまま隷層送りとなった。

 彼を買い取ったルーラーは異常な性的嗜好を持つ男で、疾狗は鎖に繋がれ、犬のように振る舞うことを強要された。

 3年後、彼はルーラーとなった兄に買い戻された。
方々に手を回してやっと見つけた弟は、度重なる虐待で正気を失っていた。

 両親はすでに亡かった。
ふたりはまた兄弟に戻り、実家で暮らし始めた。
疾狗の頭は完全には元に戻らなかったが、それでも幸福な日々だった。

 そしてすべてが崩壊したあの日がやってきた。
 

「グルル……」
 

 犬めいた唸り声を上げると、疾狗は部屋を飛び出した。
手足を使って四足で廊下を走り出す。

 彼は狂った頭で、絶対に他人のものにならないと誓っていた。
自分は永遠に兄のものだ。


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