聖戦士と失楽園1
**1**
セスが後に自分を破滅させる少年と出会ったのは、地下駐車場だった。
彼と目が合った瞬間、息を飲まずにはいられなかった。
目を疑うほどの美貌の持ち主だったのだ。
端正な顔立ちに研ぎ澄まされた刃のような眼を持ち、艶を含んだ黒髪を肩に垂らしている。
パーカーにジーンズという格好だが、猫のようにすらりとした体つきにぴったりだ。
年は17か8で、身長は170cmに届かないくらいか。
一方のセスは18才、肩幅が広く、がっしりした体つきをしていた。
髪を短く切りそろえ、顔立ちは真面目だがどこか優柔不断さが見える。
折り目正しく着込んだ黒い制服姿で、白いケープを肩にかけていた。
その少年をともなった伊佐三《イサミ》は、セスほか十数人の信徒たちに声を張り上げた。
「神の下に集いし兄弟たちよ! 新たな兄弟を迎え入れるぞ」
少年を見やった少年・青年たちがひそひそ声を上げた。
全員が十代前半から二十台後半の若者で、セスと同じ制服姿をしている。
伊佐三は少年に言った。
「さっそくだが、我らの一員としてふさわしいかテストさせてもらう。あれを見ろ」
壁際を指差した。
10mほど先にあるコンクリートの柱に、サラリーマンが縛り付けられていた。
目と口をガムテープで塞がれ、逃れようと必死に身をよじっている。
伊佐三は拳銃を取り出した。
「何発で仕留められるか見せてもらおう」
「あの人、何したの?」
少年が聞くと、彼を拉致してきた青年が答えた。
「ホモの援交ジジイだ。ネットで高校生を抱かせてやるっつっておびき出した」
セスは嫌悪感も露にその男を見た。
彼らの教団の教義では同性愛は最悪の罪なのだ。
少年は銃を取って撃ち、引っ込める暇もなかった伊佐三の手に銃を返した。
ほんの一瞬の出来事だった。
銃声の木霊が残る中、誰もが呆気に取られていた。
ひとりが走っていき、サラリーマンの髪を掴んで持ち上げると、額のど真ん中に穴が開いていた。
セスは思わず口の中でつぶやいた。
「すごい……」
伊佐三が満面の笑みでうなずく。
「我らエンダーマンズ聖戦派へようこそ!
おっと……自己紹介がまだだったか?」
少年はそっけなく名乗った。
「鹿澄《カスミ》」
**2**
新興宗教エンダーマンズは財音《ザイオン》シティにおける一大勢力だ。
近い将来に世界は滅ぶが禁欲(性行、同性愛、化学化合物使用の禁止)を守り抜いたエンダーマンズ信徒は終末の神の力によって復活し、新たな楽園を築くという教えを信じている。
伊佐三率いる聖戦派は光臨派という最多数派閥から枝分かれした組織で、彼が自らの所属する青年部を丸ごと引き抜いて独立させた。
彼らはあるルーラーからあらゆる面で援助を受けているが、連絡を取れるのは伊佐三だけなのでセスたちは正体を知らない。
その誰かは彼らに大きな仕事をさせるとき、手持ちの隷層を助っ人として送り込んでくる。
鹿澄の面倒はセスに任された。
彼はまずは聖戦波のアジト、廃校を案内した。
工業地帯にある工業高校の跡地で、地下にある大きな駐車場が先ほど鹿澄の入団テストをした場所だ。
それが済むと鹿澄を車に乗せ、町に出た。
財音は今日も酸性雨が降りしきっている。
ハンドルを握るセスが言った。
「鹿澄つったか、まずはお前の服を買う。次がブドウだ」
「服ってその制服? その色しかないの?」
「黒がうちのシンボルカラーだからな」
「赤のほうが好きなんだけどな。ねえ、セスって本名?」
「蒸《ススム》だ。
入信希望者は五分のあいだ、信徒全員にボコられるのに耐えられるかテストされるんだ。お前は特別な客だからあれだったけど。
んで、そんとき前歯を折られて、自己紹介んとき〝セスム〟って言っちまって。
いつの間にかそれが短くなって……」
鹿澄がこちらの口を覗き込んでいることに気付き、セスは前歯をむき出して見せてやった。
「差し歯?」
「イイだろ? 終末の神もこの歯並びには感心する」
鹿澄は呆れて笑ったあと、ふと言った。
「ところで次の仕事って何するの?」
「聖戦って言えよ。
どっかの隷層をかっさらうらしいけど、詳しくは知らないな。
今夜、リーダーが説明するって」
ため息のように続けた。
「ま、なんにせよオレにはあんま関係ない話だけどな。
下っ端はいつも通り下っ端の仕事をするだけさ」
エンダーマンズ御用達の衣料用品店で制服とケープを買い、鹿澄に着せた。
試着室から出てきた彼の姿は、彼氏の服を着せられた少女のようだった。
それも一際に美しい男装の少女。
見とれかけたセスはあわてて首を振り、性的誘惑に陥りかけた自身を叱り付けた。
(男だぞ! 何考えてんだオレは!?)