火狼と青烏 前編1

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 シンプルなデザインの黒いドレスに着替えたわたしを、緋兎《ヒト》が出迎えた。

 長身・長躯の大柄な男で、髪は赤みを帯びた金色。
顔立ちは無骨だけれど端正で、スーツ姿が耽美なほど似合っていた。

 彼は微笑んだ。
 

「ご主人様。今夜もお美しい」

「あなたも、緋兎」
 

 広々としたリビングに入った。
ソファに座って携帯端末をタッチし、懇意の隷層商人と繋ぐ。
 

「オススメ商品って言うのは?」

〝そちらのモニタに表示させます。許可を〟
 

 返事は短文のメッセージで返ってきた。
この商人との付き合いは長いけれど、いまだに顔も肉声も知らない。
アクセスを承認すると、部屋の壁一面に設えたモニタに映像が表示された。

 薄暗い寝室にふたり、十代前半の少年が立っていた。
どちらもハーフスラックスにスーツ姿だ。

 端末でふたりのプロフィールを確認した。

 赤髪を逆立てた吊り眼の少年が火狼《ホロ》。15才。
元気いっぱいで落ち着きがなく、ビーチボールでリフティングをしている。
スーツを着崩し、ネクタイをほどいて首にかけていた。

 青みがかった黒髪に碧眼の少年が青烏《セウ》。同じく15才。
まつ毛の長い大きな瞳を伏せ勝ちにし、おびえたようにきょろきょろしている。
小柄な体にスーツが釣り合わず、それが彼を余計に幼く見せていた。
 

「彼らと話したいわ」
 

 携帯端末が向こうの部屋のスピーカーに繋がった。
 

「火狼くんと青烏くんね。
はじめまして、隷層人材派遣会社マーシフルのオーナーです」

「ん」

「こ、こんばんわ……はじめまして」
 

 ふたりはカメラのある方向に向かって挨拶を返した。

 リフティングを続けながら火狼が言った。
 

「あんたがオレらを雇ってくれんの?」
 

 その言葉遣いに緋兎は顔をしかめたけれど、わたしはむしろかわいく思った。
 

「そうしようかと思ってるわ」
 

 プロフィールによれば、彼らは富豪の家に生まれた。
おそらく隷層になるということがどういうことなのかよくわかっておらず、宿題を忘れた罰でトイレ掃除をさせられる程度にしか思っていないのだろう。

 ここで隷層《れいそう》について話しておく。
ざっくり言えば、日本の法で決められた奴隷階級のこと。

 彼らは税金、医療費、学費、犯罪行為の賠償金などを払えず人権を剥奪された市民で、脳内に「服従機」と呼ばれる特別なチップを埋め込まれている。
これは課せられた罰金を払い終えるまで外せない。

 服従機と対となるのが「支配機」を持つ者、ルーラーだ。
隷層は服従機に洗脳支配されており、ルーラーに絶対に逆らえない(逆らえないのは自分を所有するルーラーのみで、ほかのルーラーの命令に強制されることはない)。

 隷層に人権はない。
彼らはルーラー間で家畜同然に売買・使役される。
 

「ありがとうございます!」
 

 青烏がせいいっぱい頭を下げた。
 

「火狼くんと離れ離れにならなくてよかったです。
ほんとに、ほんとにありがとうございます!」

「やめろよ、恥ずかしいな!」
 

 火狼が赤くなって彼にボールを投げつけた。
 

「いたっ!? ……火狼くんもお礼を言いなよ」
 

 青烏に促されると、彼は小さくこちらに言った。
 

「……まあ、一応俺からも礼言っとくわ」

「親友同士なんですってね。兄弟同然に育ったとか」

「はい。ぼくと火狼くんはずっと一緒でした」
 

 わたしはぞくぞくするものを感じて、唇を舐めた。
 

「うーん……実を言うとね、まだそうとハッキリ決めたわけじゃないの。この面接次第ね」

「はい! 頑張ります!」

「あいよ」

「それじゃあ……ふたりとも、脱いでみましょうか」

 

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