リベレーター:ボーイミーツボーイ4

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**9**
 

 財音シティライン、油大路通り西駅。

 グラフィティだらけの電車が轟音を上げ、火花を散らして駅に滑り込んできた。
過労で土気色をした顔の労働者に混じり、雉流と朱梨は車両に乗った。

 発車まで5分ほどある。
座席は吐しゃ物や染みだらけで汚いので避け、ふたりは乗車口近くに立って待った。
 

「ウチに来てって言いたいとこだけど、オレのご主人様が許さないだろうなあ」

「え? 雉流くん、隷層だったの?」

「そうだけど。シュリちゃんも?」
 

 朱梨は改めて雉流の姿を見つめた。

 彼が見てきた隷層労働者は例外なく薄汚い格好をし、過労で顔色が悪く、濁った目をしていた。
だが雉流は(垢抜けないセンスだが)いい服を着て、最新の携帯端末を持ち、幼い子供のように好奇心でいっぱいの目をしている。
 

「うちのご主人様はいい人だよ。ああ、いや……まあ大体においてはいい人。
働いたぶんの金は払ってくれるし、こうして休日もくれる」

「ルーラーにいい人なんかいない」
 

 朱梨は暗い目をして言った。
 

「あいつらはみんな狂ってる。人間じゃない」

「そりゃまあ、マトモじゃないヤツもいるけどさ。でも……」

「ぼくの好きだった人はルーラーに殺されたんだよ! 本当に、射的の的みたいにあっさり撃たれた!
あんなヤツら、みんな死ねばいい。この世からいなくなればいい!」
 

 雉流が面食らっていることに気付き、朱梨ははっとした。
頬を伝う涙を手で拭い取る。
 

「ごめん……何でもないんだ」

「ううん」

「ブッ壊してやる」
 

 朱梨はつぶやいた。
 

「ルーラーとか隷層とか。いつか全部まとめてブッ壊してやる」

 駅の電子音声が発車を告げた。
その瞬間、雉流は腹にゴム弾を受けて吹っ飛び、床に倒れた。

**10**


 日午が閉じかけた乗車口のドアを押し開き、園緒とともに入ってきた。

 ショットガンの遊底をスライドさせながら、腹を抱えて苦痛にあえぐ雉流を見下ろす。

「油大路でヒーローごっことはね。死にたいとしか思えない」

「ぐ……!! てめ……」

「雉流くん!」

 日午は雉流に駆け寄ろうとした朱梨の襟首を掴み、ナイフ型チェーンソーを取り出した。
強化手術を受けた身体改造者を捕縛する場合、必要に応じて使用する四肢切断機だ。
グリップのレバーを握り込むとモーターが起動し、チェーンが回転を始める。

 ほかの乗客が恐れをなして別車両に逃げていく中、園緒がかすれた声を発した。

「やめろ……」

 日午が睨んだとたん、彼はびくっとして動きを止めた。
一時間前の彼と同一人物とは思えないほど憔悴し切り、ほとんど屍めいている。

 朱梨が叫んだ。

「ぼくの力は30分くらいしか続かないんだ!
こいつはもうあなたの支配下に戻ってる!」


 日午はふたたび園緒のほうを向いた。

 園緒は一歩下がりながら、震える手をこめかみに当てた。
だが、そこまでだった。

 彼は誇りも、矜持も、自信も、すべてを破壊されていた。
蹂躙され焦土と化した心の中にはただ恐怖だけがあった。

「ああああ……!!」

 悲鳴を上げて涙を流し、頭を抱えてその場にうずくまる。
日午は哀れみを込めて彼を一瞥したあと、跳ねる血に備えて目を細めた。

 四肢切断機が朱梨の首にあてがわれようとしたとき、右足から全身にかけてすさまじい電流が駆け抜けた。
雉流がしがみつき、護身用スタンガンを浴びせたのだ。
 

「がっ!?」

 日午は悲鳴を上げてよろいた。

 その瞬間、朱梨はキッと切断機を睨んだ。
SNPで切っ先を反らし、自分を掴んでいる日午の手に当てる。

 すさまじい悲鳴が上がった。
肉片交じりの血飛沫が飛び散り、車両の窓に飛び散る。

 拘束を抜けた朱梨は雉流を助け起こした。

「雉流くん!」

「大丈夫……どってことねえ」

 日午は壁にもたれ、苦痛に耐えながら傷口が塞がるのを待った。
強化手術によって得た治癒力により見る見るうちに肉が盛り上がり、新たな指が生え始める。

 その一方、うずくまっている園緒の髪を無事な右手で優しく撫でた。

「園緒さん、大丈夫、きっとみんなうまく行くよ」

 雉流は腹を抱えながら苦しげに言った。

「次の……油大路中央駅は、財音シティライン警備保障社が……」

「知ってるよ、武装警備員の詰め所があるんだろ?
その前にキミを殺して、そっちのお嬢さんの頭を切り落として、減速が始まったら電車を飛び降りて、オレは園緒さんとともに世界の果てへ行く」

「……お前みたいなサイコ野郎ってさ、自分が狂ってるって自覚あんのか?」

 日午は微笑みを向けた。
春の日差しのように暖かなその笑顔は雉流をぞっとさせた。

「キミにオレを理解してほしい欲しいわけじゃない」

 雉流と朱梨は後続車両へと逃げ込んだ。

 日午は完全に血が止まるのを待ってから、スタン警棒を肩に担ぎ、悠々と後を追った。
社内のモニター掲示板には次の駅までの時間が表示されている。
事を済ませるにはじゅうぶんすぎるほどの猶予があった。

 朱梨が振り返ってSNPの衝撃波を発したが、日午は踏ん張って耐えた。
小さなものを弾き飛ばしたり自身の落下速度を抑制したりは出来るが、大の大人を吹っ飛ばせるほどのパワーはないのだ。

 とうとう最後尾の車両にまで追い詰めた。
ふたりは車掌室に入り、何か話し合っている。

(通りすがりの女ひとりのためにねえ)

 その姿は同じ愛に生きる者として感銘を受けないでもなかったが、それはそれだ。

 雉流だけ車掌室を出てきた。
こちらを見据え、右の拳を左手の平にぱしんと打ち込む。

「知ってっか変態野郎、アニメみてえな悪役はアニメみてえにやられんだぜ」

「ブッダがそう言ったのかい?」

「オレが言ったのさ」

 連結部のドア前で日午は眉を吊り上げ、思わず笑いをこぼした。
ひ弱な雉流がどれほど助走をつけ、また朱梨のSNPでわずかに後押しされたとしても、強化改造された日午の肉体はびくともしないだろう。

 雉流は相手に向かって全速力で走り出した。

「ゲンセツ必殺!」

(捕まえて首を折って終わりだな)

 日午はのんびりと身構えた。

 そのとき、車両が大きくガクンと揺れた。
金属が軋むすさまじい音がし、窓の外に車輪が吹き上げる火花が見えた。

(緊急停止……!?)

 バランスを崩した日午の目の前で雉流がジャンプした。

 彼の腕にアームリスト型携帯端末がないことに気付いた。
それは車掌室に残った朱梨がつけ、制御盤と繋いでいる。

(あのガキが車両のシステムを乗っ取ってお膳立てし、指一本で停められる状態にしておいたんだ。
だがこんな短時間でハッキングができるのか?!)

 彼は雉流がハッキングの演算速度を上げるために脳改造していることを知らない。

「覇王! 登・龍・脚!」

 雉流のドロップキックが真っ直ぐに日午のみぞおちに突き刺さった。
急停車による慣性の運動エネルギーが加わり、さらに朱梨がSNPで追い風を吹かせた。

 さすがの日午もワイヤーアクションめいて後ろに吹っ飛び、連結部のドアに叩きつけられた。

 彼がずるりと床に崩れ落ちると、雉流は急いで立ち上がり、ポーズを決めた。

「これがゲンセツの最終奥義だ! ハッハー、最後に勝つのはオタクだぜ!!」


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