火狼と青烏 中編1
**1**
わたしの隷層人材派遣会社マーシフルは裏社会の何でも屋。
お得意様はヤクザ、大企業、警察、そのほか表沙汰にできない問題を抱えている人たち。
暗殺、強奪、破壊工作はもちろんのこと「隣人の犬を焼いて飼い主に食わせてくれ」という依頼でも、我が社は笑顔で料金を提示する。
その日、わたしはふたりの隷層社員をオフィスに呼んだ。
それぞれ別件の仕事を済ませて戻ってきた火狼《ホロ》と鹿澄《カスミ》だ。
ふたりとも黒いスーツ姿なのだけれど、火狼はやはり着崩していた。
首元を開き、ネクタイを首にかけている。
わたしは彼らを労い、報酬の振込みを確認させた。
火狼は与えられた携帯端末の使い方がよくわかっておらず、鹿澄に聞いた。
「鹿澄にーちゃん、これどうやって見るの?」
「これはね、ここをタッチするんだよ」
振り込まれた金額に火狼が眼を見開くと、鹿澄は微笑んだ。
「うちの社長は気前がいいだろ?」
「仕事の報告はあとでいいわ。先に休んでちょうだい。お疲れ様」
火狼はしばらく口ごもってからわたしに聞いた。
「あの、青烏は……どうしてますか?」
「彼がどうかした?」
「ううん……別に。ただ、姿が見えないから。どうしてるかなって」
わたしは申し訳なさそうに笑った。
「ごめんねぇ。あの子、あなたがいないあいだに売っちゃったわ」
「え……?」
彼の眼の中で光が揺らいだ。
わたしは彼のこの表情を見るのを本当に楽しみにしていた。
「何で……? なんでだよ!?」
「一緒に買うとは言ったけれどねぇ。そのあとのことは約束してないわ」
「ふざけ……」
「下がりなさい」
わたしが微笑んだまま言うと、火狼はびくっとして踏み出しかけた足を止めた。
隷層は所有者のルーラーには絶対に逆らえない。
鹿澄が怖い顔をし、彼を抱き寄せるようにして下がらせた。
「火狼! 誰に向かって口を利いてるんだ」
火狼は鹿澄の腕から逃れようともがきながら、必死に言った。
「どこに!? ねえ、どこに……」
「そうねえ……これから会いに行く?」
火狼は躊躇なくうなずいた。
「うん!」
**2**
火狼を伴い、緋兎《ヒト》の運転で愛車で町に出た。
まだ夕方の四時前だったけれど、酸性雨が降りしきる財音シティはもう真っ暗。
わたしはその愛すべき退廃と混沌に目を細めた。
欲望をあおるネオン看板の洪水、バベルの塔めいてそびえる高層ビル群、その下でレインコートを着込んで這い回る失職者たち、街頭演説する終末教エンダーマンズ。
歩道橋上で何事か揉めていた女子高生数人が、ひとりの少女を取り囲んで道路に突き落とした。
その真下を政府広報のトレーラーが通りかかった。
「現政権を支持しましょう! 国民の幸福を約束するのは隷層制度にほかなりなりません。
人件費を削減し、中小企業を救い、さらに犯罪者に再出発の機会を与え……」
どん!
重い音とともに少女は跳ね飛ばされ、対向車線を走っていたこちらのフロントガラスにぶつかった。
彼女がボンネットから道路に転がり落ちると、ハンドルを握っていた緋兎が悪態をついた。
助手席の火狼が振り返って叫ぶ。
「轢いたぞ!?」
「それが?」
緋兎がワイパーを作動させながらいらいらと答えた。
防弾ガラスはびくともしなかったけれど、血がべったりくっついている――ネコちゃんがアートされたネイルチップも。
「ご主人様の車を汚しやがって!」
通行人は誰も気にしていない。
財音ではただの日常風景だからだ。
後続車が少女を踏み越えていくのを指差し、笑い転げる女子高生たちの姿がバックミラーに映っていた。
**3**
都市部を出て、廃墟が目立つ郊外に向かった。
その中にひっそりと建つホテルに入った。
風景と見合わない上品な感じの建物で、名前は『陽炎の宮殿』。
フロントで話を通すあいだ、わたしは緋兎に目配せし、火狼と一緒に待合室で待たせた。
ここからはあとで緋兎から聞いた火狼との会話。
緋兎は火狼をソファに座らせ、言った。
「ご主人様は青烏を売る前、本人に〝あなたの好きにしていい〟と聞いたんだぞ。
青烏はその上で〝売ってください〟と答えた」
火狼の目にさっと陰りが走った。
泣きそうな顔で笑う。
「……そっか。そうだよな。オレ、ひどいことしたし」
緋兎は小さく息を吐くと、若干同情を含んだトーンで聞いた。
「彼と血は繋がっているのか?」
「いいえ……アイツはうちの使用人の子で、父さんがそれを引き取ったんです」
彼は搾り出すように続けた。
「会社が潰れたとき、父さんが自殺しちゃったんです。
詳しいことはよくわからないけど、いっぱい脱税とか横領とかしてたらしくって、それにオレと青烏の名義が使われてて」
「では、父親が青烏を引き取ったのは……」
「うん。最初から名義を使うためだったと思う。
裁判でオレらは脱税やらに加担してたことにされたんです。
何にも知らなかったのに……それで、オレらに追徴金なんか払えるわけなくて……」
「隷層落ちしたということか」
火狼が苦悩するように眼を閉じると、緋兎は黙ってその肩を掴んだ。
隷層従業員が差し出したキーを受け取り、わたしはふたりのほうへ向かった。
キーを火狼に渡す。
「行ってきなさいな。待ってるから」
「……」
彼が廊下の奥に消えると、わたしと緋兎は別室に通された。
ちょっと狭いけれど品のいい部屋で、ソファの前にモニタが並んでいる。
このホテルは隷層娼館として経営している。
彼らを普通に買いに来る客もいるけれど、「自分の隷層が他の男や女に抱かれているのを見たい」という人のため、店側が監視カメラの映像を鑑賞できる個室を用意してくれるというわけ。
ソファに沈み込んだわたしはフロントにワインを注文し、モニタに食らいついた。
「さあ、どうなるかしら?」