あなた以外の誰のものにもならない1
**1**
財音市境、山奥にあるとある廃墟。
叩き付けるような酸性雨が降る中、駐車場に一台の軽自動車が滑り込んだ。
三つの人影が車を降り、小走りに建物に走っていく。
玄関前に立った彼らはその大きさに眼を奪われた。
大規模な研究施設の跡地だ。
「ほんとにここ?」
「間違いねえって」
ひそひそと声を交わし、彼らは恐る恐るロビーに入った。
**2**
「誰かいませんか? 同じ野良の隷層なんですけど……」
その声は薄闇に吸い込まれて消えた。
彼らは逃亡者だった。
自分たちと同じ、幸運にもルーラーから逃げおおせた隷層が、この廃墟を根城にしているという噂を知ってやってきたのだ。
床に埃がうずたかく積もっているが、目を凝らすと比較的新しい足跡が見受けられた。
「もっと奥に隠れてるんだ。
ほら、入り口のほうで火とか焚くと、明かりでバレちゃうからさ」
雀《スズメ》が言い、彼らはオフィス棟に向かった。
三人とも疲れ果て、餓えていた。
少し休もうと雀が言おうとしたとき、ひゅんと何かが動く気配がした。
振り返ると、後ろを歩いていたはずの仲間の姿がない。
「あれ……?」
正面に向き直ったが、そちらにいたはずの仲間もいない。
雀はただひとり薄闇の中に取り残されていた。
稲光の閃光が廊下の闇を払った。
そこにふたつの人影を抱えた異様なシルエットがあった――
**3**
翌朝。
酸性雨が降りしきる中、曲がりくねった山道を走行バスが走っている。
途中、野生動物を何度か轢き殺した。
酸性雨の毒性で異体進化し、異常な凶暴性を持つ彼らは、縄張りを侵す鉄の塊に自らぶつかってくるのだ。
やがて山道の終点にある施設が見えた。
〝輪違《ワチガイ》製薬バイオ研究所〟という看板が立っている。
ひび割れたアスファルトの駐車場に数人の男たちが降りた。
赤毛の少年、火狼《ホロ》はレインコートのフードを上げ、その巨大な廃墟を見上げた。
「オバケ屋敷だな……」
先日、火狼は自らを所有するルーラー、裏社会では〝財音の猟犬使い〟と呼ばれている女から仕事を与えられた。
「フリー……つまり誰の物でもなくなってる状態の隷層ね。
それの溜まり場になってるって噂の廃墟があるの。
そこへ行って、若いのとか顔がキレイなのとか、高く売れそうなのがいたらさらってきてちょうだい」
彼が編入された奴隷狩りチームは8人。
隷層の火狼以外は自由民の傭兵で、そのうちのひとりは間知《マチ》という名のルーラーだ。
隷層は脳内に埋め込まれた「服従機」に支配されており、対となる「服従機」を持つルーラーに絶対に逆らえない(逆らえないのは自分の身柄を所有するルーラーのみで、別のルーラーの命令に強制されることはない)。
自由民に戻る方法はただひとつ、各々に課せられた罰金を国に完済すること。
だが罰金支払いのためとはいえ自分と同じ隷層を狩るというのはひどく汚い仕事に思え、火狼は気が重かった。
一行は支給された銃を抱え、中へ入っていく。
受付ロビーには淀んだ空気が立ち込めていた。
ライトの灯りを投げかけると、床を這い回っていた何かがさっと退いた。
突然、火狼が「きゃん!」と悲鳴を上げた。
頭が三つある変異ムカデがアーミーパンツを這い上がっている。
「何だよこれ!」
あわててそれを取って投げ捨てると、傭兵のリーダーが笑った。
「女みたいな声出すなよ、勃起しちまうだろ。
さて、そんじゃ先生、頼むぜ」
「おう」
間知はこめかみに人差し指を当て、意識を集中させた。
脳内の支配機と直結している高性能義眼が「チュイン」と小さく音を立て、服従機の発する信号を探知する。
彼は奥を指差した。
「いたぞ、あっちだ。約15メートル」
「おおっと! 早速ビンゴか?」
間知の案内で一行は意気揚々と廊下を進んだ。
オフィスのひとつに入ると、薄闇の中で何かが動いた。
傭兵が手馴れた様子でテイザー(電気銃)を撃った。
短い悲鳴が上がり、何かがどさりと倒れる音がした。
銃を構えてそちらに行くと、痺れた少年が倒れていた。
うなじにある隷層識別バーコードに間知がスキャンをかける。
すると網膜に少年の情報が表示された。
――名前:加奈野《カナノ》雀《スズメ》
――年齢:17
――所有者:なし
続いて支配電波を発すると、少年はぎくっと身体を震わせた。
間知の義眼網膜に一瞬ノイズが走り、所有者欄が彼の名に書き換えられる。
――この隷層はあなたの支配下に入りました。
「いいぞ。離してやんな」
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