聖戦士と失楽園2

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**6**
 

 衣料品店を出たあと、セスと鹿澄は住宅街に向かった。

 車を路肩に停め、薄汚い集合住宅が密集している通りを歩く。
 

「毎回いる場所が違うんだよな……いた、あれだ」
 

 道端に農家のワゴン車が停まり、「産地直送」のノボリを立てて果物を売っている。
防水ケープのフードを目深に被ったセスは、声を潜めて店主の老人に話しかけた。
 

「ブドウある?」

「品種は?」

「〝パラダイス・ロスト〟をひと箱もらいたい」
 

 店主は車の奥から段ボール箱を取り出した。
中に入っている白ブドウは、酸性雨が含む毒性の影響で異体進化し、強力な麻薬物質を含む禁制の品種だ。

 エンダーマンズの多くは有機食品主義で、化学合成物質は「魂を穢す」として摂取を許されない。
よってこのようなオーガニックの麻薬を使う。

 箱を抱えて車に戻る途中、行く手を遮るように別の車が停まった。
 

「おい、ドブネズミども! 何してんだ」
 

 ギャングファッションの少年たちが五人、乗用車から飛び降りた。
白のパーカーやバンダナを身に付けている。
 

「やべ……!」
 

 セスは来た道を引き返し、一目散に逃げ出した。
それに続いた鹿澄が振り返りながら聞く。
 

「あいつらは?」

「SNOW《スノー》ってギャングだ! ウチと仲が悪いんだよ!」
 

 彼らに追われ、ふたりは狭い路地裏をネズミのように逃げ回った。
もっとも先導するセスはデタラメに走っているように見えて、車へ戻る最短距離を進んでいる。
日常的に敵対ギャングや警官から逃げ回るうちに身につけた方向感覚のなせる業だ。

 路地の行く先をフェンスが塞いでいる。
 

「あれを越えたらすぐだ」
 

 先にセスが乗り越え、鹿澄が投げた段ボール箱を受け取る。

 続いて鹿澄がフェンスによじ登り、反対側に飛び降りようとしたとき、向こうの角から息を切らしたSNOWのメンバーが現れた。

 その少年は自分が「キレたらマジでヤバいヤツ」であることを仲間に見せたくて必死になっていた。
銃を抜き、おぼつかない手つきで引き金を引く。

 パン!
 

「……!」
 

 甲高い銃声が響き、鹿澄が声にならない悲鳴を上げた。
落ちてきた彼に向かってセスはとっさに手を伸ばした。

 鹿澄は王子が姫を抱き上げるような格好でセスの腕に抱きとめられた。
その格好のままセスの首に抱きつき、体を固定して銃を抜いた。
 

 ダン!
 

 そのSNOWは眉間のど真ん中を撃ち抜かれ、後ろ向きに倒れた。
あのサラリーマンと寸分違わぬ位置だ。
 

「大丈夫か?!」

「かすり傷。行こ!」
 

 後続のSNOWが追いつき、こちらに向かってめちゃくちゃに撃ち始めた。
セスは鹿澄を下ろして走り出した。

 路地を出るとやっと自分の車が見えた。。
乗ると同時にアクセルを踏み込み、ロケットスタートで走り出す。
 

**7**
 

 アジトの地下駐車場に入ると、セスは大きくため息をついた。
 

「喉がカラカラだ。水持ってくる」

「その前にセス、ちょっといい?」
 

 助手席の鹿澄が声をかけ、目の前で上着を脱いだ。
汗ばんだシャツをめくると、ミントのような香りがふわりと車内に満ちた。

 彼の上半身はまったく無駄な肉がなく、したたるような流線を描いていた。
目が眩むほど肌が白い。
セスが言葉を失っていると、鹿澄は背を向けた。
 

「傷、どう? 治ってる?」

「ああ……うん……だいたいは」
 

 左肩の近くに銃創があったが、すでに治って消えかけていた。
鹿澄はほっとため息をついた。
 

「そっか、良かった」

「強化手術してたのか」

「そう、ご主人様の奢りでね。人工筋肉を移植したんだ。
でもそれを溶かす毒入りの弾もあるから」
 

 セスは眼をそらしながら「とにかく良かった」とか口の中でもごもご言うと、逃げるように車を出た。
 

**8**
 

 ミーティングルームのひとつは瞑想室として使われている。

 エンダーマンズのシンボルマーク、地上に落ちる太陽を描いたタペストリの前にひざまずいたセスは、執拗にまとわりつく雑念を振り払おうとしていた。
 

(終末の神よ。世界がブッ壊れたあとにオレは復活できますか?
オレは現世で欲望に勝てるでしょうか、セックスとか麻薬とか……
くそ、何か答えてくれよ)
 

 鹿澄の裸身を目にしてから、わけのわからない感情が胸の奥で渦巻いている。
戸惑いなのか憤りなのか自分でも理解できず、それがますますセスを苛立たせた。

 顔を上げると、いつの間にか伊佐三が来ていた。
 

「鹿澄がお前をホメてたぞ。SNOWに一泡吹かせたってな」

「いや、オレは別に何にも……」

「お前は文句も言わずによくやっている。そろそろ信仰を試されるときだ。
次の聖戦に参加することを許す」

「オレが?! ほ……本当ですか?!」
 

 セスは歓喜のあまり眼を輝かせた。

 エンダーマンズの過激派は、穢れた者を攻撃することで魂が浄化がされると信じている。
資本家、ギャング、エンダーマンズ他派の財産を強奪して活動資金に変えることは至極正しい行い――聖戦なのだ。

 正直なところエンダーマンズの教義はよくわからないセスだが、伊佐三のことは心の底から尊敬していた。
過去に何度も現金輸送車や敵対ギャングの麻薬保管庫を襲撃し、ことごとく成功させている。

 セスにとって彼はこの腐った社会に、法に、大人たちに真っ向から立ち向かうスーパーヒーローなのだ。
 

「やります、やらせてください!! 役割は?」

「夜になったら集会で発表しよう。終末後も共にあらんことを、兄弟」

「終末後も共にあらんことを!」
 

 セスはうっとりと伊佐三の大きな背中を見送った。

 そのあと、鹿澄に礼を言いに行った。
彼はそっけなく答えた。
 

「別に。あのとき受け止めてくれたお礼。迷惑だった?」
 

 セスは首を振り、彼を夕食に誘った。


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