聖戦士と失楽園5

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**18**
 

 強奪計画当日。

 夜10時過ぎ、湾口地帯の外れにある廃倉庫。
セスは携帯端末に送られてきたメッセージで強奪の成功を知った。

 彼は聖戦士としての役目を外され、以前と同じ雑用の仕事を押し付けられている。
表向きは。

 一時間後、外でクラクションの音がしたので倉庫のシャッターを上げた。
乗用車が三台、囚人護送車めいた装甲ワゴン車が一台入ってきた。
窓がないので見えないが隷層の少年少女が乗っているはずだ。

 車を降りた信徒たちは興奮した様子で拳をぶつけ合い、終末の神へ感謝の言葉を口にした。
過剰摂取したパラダイス・ロストの影響で若干眼が飛んでいる。
 

「セス!」
 

 伊佐三は彼を呼び、大きなバッグを投げ渡した。
 

「仕事で使った銃と服が入ってる。海に捨ててこい。
開けるなよ、髪の毛一本でも入ったら身元が割れるぞ」

「わかりました」

「鹿澄、ついてってやれ」
 

 水を飲んでひと息ついていた鹿澄が振り返った。
 

「オレも?」

「ひとりじゃ心細いだろうからな」
 

 鹿澄には「やぶれかぶれになったセスが警察に持ち込んだりしないように見張っておけ」という意味を含んで聞こえただろう。

 バッグを後部座席に放り込み、セスと鹿澄は車に乗った。
セスはハンドルを握り、正面を向いたまま言った。
 

「鹿澄、伊佐三さんにお前を殺せって言われた」
 

 眼をぱちくりさせる鹿澄にセスは拳銃を見せた。
伊佐三に渡されたもので、人工筋肉溶解弾が装填されている。
 

「海まで行ったらこれでお前を撃って、荷物と一緒に捨てろって」

「えっと……? 何でそれをオレに言っちゃうの?」

「お前のことが好きなんだ」
 

 セスは真っ直ぐ彼を見て答えた。
 

「ひと晩考えたんだけどな。やっぱりできない」
 

 鹿澄は相手を見つめ返したあと、そっけなく答えた。
 

「そっか。それでどうするの?」

「どこかで適当に停める。逃げろ」

「オレじゃないよ。キミのこと」

「オレか? さあな……」
 

 鹿澄は少しのあいだセスを見ていたが、気味が悪いほど落ち着き払ったまま後部座席のバッグを取った。
ジッパーを開いて中をあさり、何かを見つけて取り出した。

 綺麗に掃除してくれるという意味でその名がついたカード型爆弾〝紙石鹸〟だ。
爆発までの残り時間を示すデジタル表示は30分後になっている。

 セスは唖然とした。
 

(伊佐三さんはオレごと殺す気だったのか?!
てことは、オレに鹿澄を殺す度胸なんかないって思ってて、使い捨てにするつもりで……オレを信じてなんていなかった……?
三宝での一件から? それとも最初から?)
 

 鹿澄は小さくため息をつくと、つぶやいた。
 

「発病《アタック》」
 

 セスの体の奥底で何かがドクンと鼓動した。
急激に体温が上昇し、不快な浮遊感とともに視界がかすむ。

 自分の手に茨《イバラ》のような斑紋が浮かび上がっていることに気付いた。
シャツをめくると、全身の素肌にそれが巻きついている。

 鹿澄は運転席のセスにまたがった。
唇が耳たぶに触れるほど近くで囁く。
 

「強化手術のとき、造毒《ぞうどく》器官って言う人工臓器を埋め込んでもらったんだ。
伊佐三の話に出てきたような安物のヤツじゃないよ。
オレは体内でどんな毒でも作れるし、発病のタイミングも自分で決められる」
 

 いっせいにうめき声と悲鳴が上がった。
今後の予定を話し合っていた信徒たちが次々に倒れていくのがフロントガラス越しに見えた。
みな一様に茨の斑紋が素肌に浮かび上がっている。

 わずかながらにそれがない者もいたが、右往左往しているところを突然撃たれた。 
 

 バン! バン! バン!
 

 倉庫に年配の刑事と三人の制服警官が入ってきた。
動ける者も動けない者も、射的の的のように次々に射殺していく。

 体が動かないにも関わらずセスの意識は明確で、自身の男性自身が激しく屹立しているのを感じた。
これも毒の効果か。

 鹿澄は彼の下を脱がせると、嬉しそうにそれに手をあてがい、自分の中へ導き入れた。
 

「はあっ……!!」
 

 溢れた吐息がセスの顔にかかった。
鹿澄はねっとりとした動きで腰を上下させながら、彼の顎を掴んで正面に向けた。
 

「見てて」
 

 信徒はあらかた死体に変わっている。
足を撃たれた伊佐三は両腕をふたりの警官に抱えられ、刑事の前へ引きずられていった。
刑事はふんと鼻を鳴らした。
 

「〝猟犬使い〟はな、ウチの署長と懇意なんだよ。
それも知らんで取引なんぞ持ちかけてきおって、マヌケが」
 

 混沌とした意識の中でセスは考えた。

 聖戦派に反逆の意思ありと刑事から報告を受けた〝財音の猟犬使い〟は鹿澄を送り込んだ。
鹿澄は信徒に毒を撒いて準備を整え、聖戦派に最後のひと働きをさせた今、完全に潰しにかかったのだ。
 

「伊佐三さん」
 

 セスは泣きながら、もつれる舌で彼の名を呼んだ。
切り捨てられてなお伊佐三はセスにとって英雄だった。
 

「あなたはオレらとは違うでしょう?!
殺せ! 警官も、オレみたいな臆病者も、ホモ野郎の誘惑に負けたヤツらも、みんな殺しちまえ!!
こんな世界、みんなブッ壊しちまえ!! 終末の神は……あなたなんだ!」
 

 警官が伊佐三の髪を掴み、顔を上げさせた。

「あああああ……」

 セスの口からうつろな絶望の悲鳴が漏れた。
伊佐三の体にもまた、びっしり茨の斑紋が巻きついていた。

 鹿澄はセスの反応を楽しむように小さく笑った。
 

「そういうこと。アイツはどうしてもオレの口を封じなきゃなんなかったんだ。
抱かれたことは黙っててあげるって言ったんだけどね……」
 

 刑事が伊佐三の口に銃口を突っ込んだ。
 

 バン!!
 

 銃声と同時に鹿澄は激しく身を仰け反らせた。
セスと鹿澄は同時に絶頂を迎えた。
 

**19**
 

 鹿澄は車を降りた。

 わずかに息を乱して顔を紅潮させている。
乱れた髪に手櫛を通し、刑事のほうへ向かった。
 

「各務《カガミ》さん」
 

 刑事は手を上げて応え、破顔一笑した。
 

「おお、鹿澄くん。毎度毎度キミの手際にゃあ感心させられるよ」

「学校のほうは?」

「機動隊が突入しとるよ。もう終わってるんじゃないか」
 

 鹿澄は携帯端末を見た。
 

「ご主人様が入金を確認して欲しいって」
 

 刑事は自分の端末でそれを確認し、顔をほころばせた。
 

「ありがたいなあ、これでやっと家のローンが終わるよ」

「良かったですね。それじゃまた」

「あの美人さんによろしくな」
 

 彼らが退出すると、鹿澄は隷層を積んだワゴンに乗り込んだ。

 倉庫を出る前、セスのいる車の前で停まった。
少しだけ迷ったが「解除」とつぶやく。

 毒の影響が消えたにも関わらずセスは動かなかった。
運転席でハンドルに突っ伏したままだ。
左手に付けた腕時計を握り締めているが、その理由は鹿澄にはわからなかった。
 

**20**
 

 鹿澄が運転するワゴンはそのまま倉庫を出て、酸性雨が降りしきる夜の財音へ出た。

 信号で停まったとき、彼は腕時計を見た。
おどけたようにつぶやく。
 

「どかーん」
 

 遠くで爆音がした。
バックミラーをちらりと見たが、信号が変わったのですぐ前に視線を戻した。

 車を出しながら、鹿澄はふと思った。
 

(眼を見てハッキリ好きだって言われたの、初めてだったな)


 彼を乗せた車は財音の闇へと消えた。 


(聖戦士と失楽園 終)

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