リベレーター:アウェイクン4
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弦谷は倒れた朱梨の脇腹を繰り返し蹴り上げた。
「カスが、ゴミが、クズが!!」
「マズいですよ、弦谷さん。
隷層労働者は社の備品なんですよ? 殺しちゃったら……あーあ、面倒なことになった」
同じくルーラーの保安員長が他人事のように言った。
弦谷は怒りが冷めやらず肩で息をしている。
「ふん、まだ使い道はあるさ。社には事故だと報告しておいてくれ」
「貸しですよ。大きな貸しだ」
自分の体が数人の労働者によって担ぎ上げられるのを、朱梨は夢うつつで感じていた。
どこかへ運ばれてゆく。
頬に誰かの手が触れた。
長年の苦役を感じさせる、筋張った大きな手だ。
「バカ野郎」
日陰の泣きそうな声がした。
「何であんなことした……バカ野郎」
――ごめんなさい、日陰さん。
ぼくにも男らしいところがあるんだって、あなたに見せようとして……
朱梨はそう答えようとしたが、声にならなかった。
意識が暗闇の中を転がり落ちていく。
――あなたの息子になりたくて……男らしい子になりたくて……
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(スキャン結果を出してくれ……あー、これ服従機に釘がブッ刺さってるな。
よくこれで生きてるな)
(どうしましょう、先生)
(なに、研修医の実習用にちょうどいい。
損傷箇所の摘出と、サイコジェネレーターの埋め込みをやらせてみよう)
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(……よし、開頭完了。これが服従機だ。見えるかな?
あー、ではキミ、脳から服従機を摘出できない理由を説明してみたまえ)
(服従機から伸びる「菌糸」と呼ばれる糸が脳全体に根を張っているからです。
無理に摘出しようとすると菌糸が脳神経を引きちぎって破壊し、隷層は死にます)
(そうだ。これを埋め込むのも取り出すのも、財音医療収容所の設備でしかできない)
(服従機に刺さってる釘はどうしましょう?)
(どうにもならんなあ……とりあえず接着剤で固定しておきたまえ。
次にサイコジェネレーター・チップを埋め込んでみよう。ほら、テキパキと)
(大手術だな。死にませんかね?)
(構わんよ。工場から回してもらったゴミだ)
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(驚いたな、あの手術を生き延びたか)
(依然として昏睡状態のままですけれど)
(うーん、サイコジェネレーターを使いこなせるか見たかったんだが)
(それって、脳波を増幅して常人を超能力者にする……とか言う?)
(そうだ。我が古鉄重工が身体障害者の補助用に開発したものだ。
それはさておき、あの患者は目覚めんようなら処分だな)
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朱梨は暗闇を見つめていた。
手で探ると、自分はどうやら薄い寝袋のようなものに包まれているらしい。
ジッパーのつまみを見つけて下げる。
そこはゴミ集積場だった。
広い部屋に雑多なゴミが積み上げられ、奥にブルドーザーと、火の落ちた焼却炉が見えた。
人気はなく、常夜灯がほのかな明かりを落としている。
ゴミに混ざって自分がまとっていたのと同じ寝袋、もとい死体袋がいくつか見えた。
死んだ隷層労働者はここで一緒くたに焼却炉に放り込まれるのだ。
ゴミ山から下りようとしたが、体が言うことを聞かない。
無様に転げ落ち、壁に手をかけてやっと立ち上がった。
(生きてる……?)
不意に頭痛に襲われ、頭を抱えると、伸び放題の髪の中にある傷跡に触れた。
開頭手術の痕だ。
手術前に頭髪を剃り上げるはずだから、これほど伸びるだけの時間、眠っていたことになる。
わけもわからないまま、全裸の朱梨は集積所を出た。
廊下にあったカレンダー付き時計は朝4時で、あの日から一ヶ月も過ぎていることを示している。
「日陰さん」
その名が口から自然に出ると、同時に涙があふれた。
彼に会いたかった。
どうしても、会いたかった。
「日陰さん……会いたいよお」
酸性雨が降りしきる外に出た。
そこは浄水器製造工場と同じ敷地内にある、研究棟の焼却施設だった。
向こうに自分が働いていた工場と隷層労働者寮が見える。
夜明けが訪れつつある中、朱梨は意識に混濁を残したまま工場へ向かった。
五時になれば労働者はそこへ集まるが、日陰は始業前に軒下の休憩所で煙草を吸うのが日課のはずだ。
建物の角を曲がったとき、軒下で煙草をふかしている日陰と鉢合わせになった。
彼の口から煙草がぽろりと落ちた。
見つめ合ったあと、日陰がぽつりと言った。
「朱梨」
「ひ、日陰さ……ああああ……!」
迷子の幼児が親を見つけたときのように泣きじゃくりながら、朱梨は彼に抱きついた。
日陰は戸惑いながらも、力強く抱き返した。
「お前、死んだって……」
「ぼくにもわからないんです。さっき目が覚めて……」
朱梨がしゃっくりを上げながら答えると、日陰の目にも光るものがあった。
すばやく周囲を確認し、人目がないことを確認する。
「服はどうした?」
「あれ」
朱梨は言われて初めて気付き、赤面した。
日陰は彼を建物の裏手に連れて行った。
朱梨が衣装を隠していた場所だが、昏睡しているあいだに撤去されて何もなくなっている。
日陰は地面にしゃがみ込むと、土を掘り返し、ビニール袋を取り出した。
中には朱梨の自作の衣装が入っていた。
朱梨は目を見開いた。
「これ……!」
「お前が朝早くにここに来てることは知ってた。
まあ、秘密のひとつくらいあるだろうと思ってほっといたんだが。
お前が死んだって聞かされたあと、気になって調べてみたら……」
「……」
朱梨が恐る恐る顔を上げると、日陰はいつものように目を細めて笑った。
「裸はまずいだろ」
昏睡中に痩せたことは返って幸いし、衣装はより体に馴染んだ。
姿見を覗き込んでいると、日陰はビニール袋から取り出したものを朱梨に渡した。
朱梨は目を輝かせて笑った。
「口紅!」
「安物だけどな。あの世で使ってくれりゃあいいと思って袋に入れといたんだ」
「日陰さん」
胸がいっぱいになるのを感じるとともに、なぜか朱梨の男性の象徴が猛烈に存在を主張し始めた。
あわてて股間を押さえ、内股になる。
(ちょ……ちょっと!? キミってヤツは、何でこんなときに!?)
「どうした?」
「い、いえ、別に……」
日陰は真顔になり、彼の肩に手を置いた。
「朱梨、それを着てりゃ連中の目をごまかせる。逃げろ」
「逃げる……?」
「お前は死んだことになってるんだろ? なら弦谷はお前の服従機を支配から外したはずだ。
今ならやれる」
「一緒に……」
彼は首振った。
「オレは無理だ。わかるだろ」
「イヤだ! 離れたくない!」
朱梨は日陰に抱きついた。
彼は困ったように眉を寄せた。
隷層労働者はルーラーから逃亡禁止命令を受けている。
「オレは無理なんだよ。急がないと……」
そのとき、遠くで警報が鳴った。
ほんの5000兆円でいいんです。