リベレーター:アウェイクン4

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**9**
 

 弦谷は倒れた朱梨の脇腹を繰り返し蹴り上げた。
 

「カスが、ゴミが、クズが!!」

「マズいですよ、弦谷さん。
隷層労働者は社の備品なんですよ? 殺しちゃったら……あーあ、面倒なことになった」
 

 同じくルーラーの保安員長が他人事のように言った。
弦谷は怒りが冷めやらず肩で息をしている。
 

「ふん、まだ使い道はあるさ。社には事故だと報告しておいてくれ」

「貸しですよ。大きな貸しだ」
 

 自分の体が数人の労働者によって担ぎ上げられるのを、朱梨は夢うつつで感じていた。
どこかへ運ばれてゆく。

 頬に誰かの手が触れた。
長年の苦役を感じさせる、筋張った大きな手だ。
 

「バカ野郎」
 

 日陰の泣きそうな声がした。
 

「何であんなことした……バカ野郎」

――ごめんなさい、日陰さん。
ぼくにも男らしいところがあるんだって、あなたに見せようとして……
 

 朱梨はそう答えようとしたが、声にならなかった。
意識が暗闇の中を転がり落ちていく。
 

――あなたの息子になりたくて……男らしい子になりたくて……

**10**
 

(スキャン結果を出してくれ……あー、これ服従機に釘がブッ刺さってるな。
よくこれで生きてるな)

(どうしましょう、先生)

(なに、研修医の実習用にちょうどいい。
損傷箇所の摘出と、サイコジェネレーターの埋め込みをやらせてみよう)
 

**11**
 

(……よし、開頭完了。これが服従機だ。見えるかな?
あー、ではキミ、脳から服従機を摘出できない理由を説明してみたまえ)

(服従機から伸びる「菌糸」と呼ばれる糸が脳全体に根を張っているからです。
無理に摘出しようとすると菌糸が脳神経を引きちぎって破壊し、隷層は死にます)

(そうだ。これを埋め込むのも取り出すのも、財音医療収容所の設備でしかできない)

(服従機に刺さってる釘はどうしましょう?)

(どうにもならんなあ……とりあえず接着剤で固定しておきたまえ。
次にサイコジェネレーター・チップを埋め込んでみよう。ほら、テキパキと)

(大手術だな。死にませんかね?)

(構わんよ。工場から回してもらったゴミだ)
 

**12**
 

(驚いたな、あの手術を生き延びたか)

(依然として昏睡状態のままですけれど)

(うーん、サイコジェネレーターを使いこなせるか見たかったんだが)

(それって、脳波を増幅して常人を超能力者にする……とか言う?)

(そうだ。我が古鉄重工が身体障害者の補助用に開発したものだ。
それはさておき、あの患者は目覚めんようなら処分だな)

**13**
 

 朱梨は暗闇を見つめていた。

 手で探ると、自分はどうやら薄い寝袋のようなものに包まれているらしい。
ジッパーのつまみを見つけて下げる。

 そこはゴミ集積場だった。
広い部屋に雑多なゴミが積み上げられ、奥にブルドーザーと、火の落ちた焼却炉が見えた。
人気はなく、常夜灯がほのかな明かりを落としている。

 ゴミに混ざって自分がまとっていたのと同じ寝袋、もとい死体袋がいくつか見えた。
死んだ隷層労働者はここで一緒くたに焼却炉に放り込まれるのだ。

 ゴミ山から下りようとしたが、体が言うことを聞かない。
無様に転げ落ち、壁に手をかけてやっと立ち上がった。
 

(生きてる……?)
 

 不意に頭痛に襲われ、頭を抱えると、伸び放題の髪の中にある傷跡に触れた。
開頭手術の痕だ。
手術前に頭髪を剃り上げるはずだから、これほど伸びるだけの時間、眠っていたことになる。

 わけもわからないまま、全裸の朱梨は集積所を出た。
廊下にあったカレンダー付き時計は朝4時で、あの日から一ヶ月も過ぎていることを示している。
 

「日陰さん」
 

 その名が口から自然に出ると、同時に涙があふれた。
彼に会いたかった。
どうしても、会いたかった。
 

「日陰さん……会いたいよお」
 

 酸性雨が降りしきる外に出た。
そこは浄水器製造工場と同じ敷地内にある、研究棟の焼却施設だった。
向こうに自分が働いていた工場と隷層労働者寮が見える。

 夜明けが訪れつつある中、朱梨は意識に混濁を残したまま工場へ向かった。
五時になれば労働者はそこへ集まるが、日陰は始業前に軒下の休憩所で煙草を吸うのが日課のはずだ。

 建物の角を曲がったとき、軒下で煙草をふかしている日陰と鉢合わせになった。
彼の口から煙草がぽろりと落ちた。

 見つめ合ったあと、日陰がぽつりと言った。
 

「朱梨」

「ひ、日陰さ……ああああ……!」
 

 迷子の幼児が親を見つけたときのように泣きじゃくりながら、朱梨は彼に抱きついた。
日陰は戸惑いながらも、力強く抱き返した。
 

「お前、死んだって……」

「ぼくにもわからないんです。さっき目が覚めて……」
 

 朱梨がしゃっくりを上げながら答えると、日陰の目にも光るものがあった。
すばやく周囲を確認し、人目がないことを確認する。
 

「服はどうした?」

「あれ」
 

 朱梨は言われて初めて気付き、赤面した。

 日陰は彼を建物の裏手に連れて行った。
朱梨が衣装を隠していた場所だが、昏睡しているあいだに撤去されて何もなくなっている。

 日陰は地面にしゃがみ込むと、土を掘り返し、ビニール袋を取り出した。
中には朱梨の自作の衣装が入っていた。

 朱梨は目を見開いた。
 

「これ……!」

「お前が朝早くにここに来てることは知ってた。
まあ、秘密のひとつくらいあるだろうと思ってほっといたんだが。
お前が死んだって聞かされたあと、気になって調べてみたら……」

「……」
 

 朱梨が恐る恐る顔を上げると、日陰はいつものように目を細めて笑った。
 

「裸はまずいだろ」
 

 昏睡中に痩せたことは返って幸いし、衣装はより体に馴染んだ。
姿見を覗き込んでいると、日陰はビニール袋から取り出したものを朱梨に渡した。

 朱梨は目を輝かせて笑った。
 

「口紅!」

「安物だけどな。あの世で使ってくれりゃあいいと思って袋に入れといたんだ」

「日陰さん」
 

 胸がいっぱいになるのを感じるとともに、なぜか朱梨の男性の象徴が猛烈に存在を主張し始めた。
あわてて股間を押さえ、内股になる。
 

(ちょ……ちょっと!? キミってヤツは、何でこんなときに!?)

「どうした?」

「い、いえ、別に……」
 

 日陰は真顔になり、彼の肩に手を置いた。
 

「朱梨、それを着てりゃ連中の目をごまかせる。逃げろ」

「逃げる……?」

「お前は死んだことになってるんだろ? なら弦谷はお前の服従機を支配から外したはずだ。
今ならやれる」

「一緒に……」
 

 彼は首振った。
 

「オレは無理だ。わかるだろ」

「イヤだ! 離れたくない!」
 

 朱梨は日陰に抱きついた。

 彼は困ったように眉を寄せた。
隷層労働者はルーラーから逃亡禁止命令を受けている。
 

「オレは無理なんだよ。急がないと……」
 

 そのとき、遠くで警報が鳴った。


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