リベレーター:ボーイミーツボーイ5
**11**
完全に停車したあと、雉流たちは電車を降り、線路沿いの道に出た。
無断停車の賠償金は莫大なものになるだろうから、警備員がやって来る前に逃げるしかない。
「……ぼく、やっぱり行かなきゃ」
朱梨は立ち止まり、思いつめた様子で言った。
「行かなきゃいけないところがあるんだ」
「あてがあるの?」
朱梨は何も答えない。
だがこれ以上巻き込みたくないという切実な思いが雉流には痛いほどわかった。
一緒に通り沿いのバス停まで行き、軒下に入った。
雉流はどうにか朱梨を引き止める言葉を探していた。
彼があのとき一瞬見せた、激しい怒りと悲しみの表情が頭の中をぐるぐる巡っている。
この子に刻まれた傷とはどんなものなのだろう?
だが結局一言も発することができないまま、降り注ぐ雨を見ていた。
隷層の自分にいったい何ができるというのだろう。
(無力だぜ)
雉流は思った。
(オレはこの子に何にもできねえのかよ)
ふと、雉流は懐から予備の小型携帯端末を取り出し、朱梨に渡した。
「これ、持ってってよ」
「え……いいの?」
「GNST2724」
「え?」
雉流は笑った。
「オレの口座の暗証番号」
朱梨の目に見る見る涙が溢れた。
だがお互いに何となく視線を交わすだけで、あと一歩の距離が詰められない。
(あっ……これ、抱いてもいいのかな……?)
(抱っこしてほしい……会ったばっかりだけど、でも……)
やがて雉流のほうからおそるおそる――ちょっとでも相手が嫌がる素振りを見せたらすぐに離れられるように――そっと朱梨を抱きしめた。
朱梨は彼の腕の中でぴくっと体を強張らせ、それを拒絶と感じた雉流が手を離しかけたが、今度は朱梨のほうから身を寄せた。
降りしきる雨の中、ふたりは抱き合い、お互いの鼓動と体温を感じていた。
バスが来るまでのほんの1~2分のあいだだったが、雉流にはその瞬間が永遠のように感じられた。
「雉流くん、またね!」
朱梨は停車したバスのタラップを駆け上がっていった。
雉流は雨雫が伝う窓越しに彼の横顔を見ていた。
朱梨は微笑み、手を振った。
バスを見送ったあとも、雉流はずっと同じ場所を見つめていた。
**12**
朱梨は座席にうずくまり、両手で顔を覆った。
別れの辛さと、雉流の優しさと、胸を覆う罪悪感に押し潰されそうだった。
涙が頬を伝っては床に落ちた。
雉流は自分が男ということを知らない。
そのことを明かせず、彼の気持ちを利用する形になってしまった。
(ごめんね、雉流くん。キミは女の子が好きなんだよね。ごめんね……)
**13**
日午は園緒を抱きかかえ、線路沿いを走り続けていた。
それを追う財音シティライン警備保障社の武装警備員は再三に渡って投降を呼びかけたが、相手が聞き入れるつもりがないとわかるとマシンガンを掃射した。
日午の背に弾痕のラインが走り、血がほとばしる。
人工筋肉がすぐに傷口を塞いでいくが、出血量は致命的なものになろうとしていた。
「世界の果てへ……」
彼はうわごとのように呟いた。
彼の腕に抱かれた園緒はただ、無関心に中空を見つめていた。
がらんどうとなった眼で。
(終)
ほんの5000兆円でいいんです。