ちゃんと寂しくなるために、台北へ
8月20日の台北は昼過ぎから荒れ模様だった。街全体がバケツを被ったような土砂降りの中、僕は台北駅より少し西側にある龍山寺界隈をずぶ濡れで歩いていた。
観光客の姿はほとんどなく、多くの人々はアーケード街で雨宿りをしながら食堂で肉粥やうどんを食べて過ごしていた。レインコートを被った数台の原付が勇ましく幹線道路を突き抜けていったが、そのエンジン音さえ雨音に遮られて聞こえない。
僕も連れ合いと食堂で昼食を済ませようと思ったけど、なんだか乗り気になれなくて、結局駅近くの火鍋屋に入って温かい一人鍋を食べた。薬膳スープで牛肉やらキャベツやらきのこを煮込んで、唐辛子や黒酢のタレでかき込んだ。思いのほか野菜は甘くて牛肉も脂が乗っていたので、それなりに箸は進んだ。美味しかった。
一人分の鍋を平らげたあと、少し寂しい気持ちになったのでホテルに戻り、部屋のソファで横になりそのまま3時間ぐらい眠った。盆休みなのにろくに里帰りもせず、異国のホテルで過ごす夜。こんな気持ちになるのは久しぶりだった。
社会人も2年目を迎え、親元を離れた一人暮らしにも慣れ、学生時代からの恋人とも別れて僕の中で寂しいという感情のバロメータが少し壊れてしまっていた気がする。少し遅めの夏休みを使って台湾まで来たのは、コロナで渡航を断念した3年前のリベンジをしたいという気持ちもあったし、美味しいご飯を食べたいという気持ちもあった。でも何よりも、ちゃんとどこかで寂しい気持ちになりたかったからなんだと思う。変だしクソダサいけど。
眠りから覚めた後、夜市で胡椒餅と胡麻団子を食べて、それからホテルでしっかり湯船に浸かってシャワーを浴び、母親に何枚か写真を送った。雨上がりの台北は濡れた路面にネオンが反射して、カラフルで少し温かい街だったから。
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