仙台四郎に全Bet
熊手が欲しい。
熊手といっても庭仕事の道具ではなく、商売繁盛を祈願する縁起物の方だ。
しめ縄、七福神、おかめさん、小判、招き猫、鯛のような、招福アイテムがたくさん盛り込まれた飾りである。
商売人達は、毎年の酉の市で少しずつ大きい熊手に買い替えていくらしい。
この度、わたし久瀬(仮名)にとって、初めてのエッセイ本を出版することになった。
「なんか振る舞いだけでも個人事業主らしくしたい」という浅はかな考えにより辿り着いたのが熊手だ。
調べてみると、酉の市は11月で、今は熊手はあまり手に入らないことが分かった。
9月のエッセイ本出版に間に合わない。
熊手にミーハーはお呼びでない。
代わりと言ってはなんだが、その頃、友人のつぼみん(仮名)と一緒に仙台に旅行する予定だったため、勝手に「商売繁盛祈願旅行」と銘打つことにした。
仙台駅に到着早々、早速腹ごしらえ。
夕方まで開いている仙台朝市に昼間訪れる、という時系列が分からない行動ではあるが、気にしない。
市場に並ぶ魚介類と、商売上手な店員さん達。
お兄さんに声をかけられた。
「お姉さん、ほら、ホッキ貝まだ生きてるよ。うちはウニも牡蠣も全部新鮮だから。そこのスペースで食べてってよ」
お兄さんはわたし達の好みに合わせて最大限のプレゼンをしようとして尋ねる。
「お姉さん達、普段どんなお刺身食べるの?」
つぼみんはわたしのことをズイと差し出すようにして言う。
「この子、醤油全然付けないです」
何のアピールや。
お兄さん達のトークスキルがあるからこそ、この仙台朝市は活気に溢れているのだろう。
商売繁盛のヒントを得ながら、お兄さんに目利きしてもらった牡蠣、海老、マグロ、ホッキ貝に感嘆が止まらない。
仙台朝市を後にして、ぶらぶらと歩きながらわたしはつぼみんに伝える。
「行きたい寺院があるねん、商売繁盛の」
わたしが旅行する場合、その目的はグルメがかなり多くを占めている。
1日3食を、努力次第でどこまで増やせるか、ということに主眼を置いて行動している。
そのわたしが、寺院に行きたいと申し出るのはかなり珍しい。
つぼみんに経緯を説明する。
本当は熊手が欲しかったことも伝える。
つぼ「熊手は無理でも達磨なら手に入りそうちゃう?」
白目の達磨に、願いを込めて筆で片目を入れ、叶ったらもう片目にも入れ、両目を開眼させる。
受験や大会など、一発勝負の場面ならいいが、わたしのエッセイ本ヒット祈願は、白黒付けるものではない。
久瀬「達磨のニュアンスとはちょっと違って。ずーっと長く愛され続けたいっていうか。持続可能性?」
つぼ「サステナブル?それってSDGsやん!」
SDGsって言いたいだけだ。
青葉通の交差点を渡りながら関西弁でこだますの、やめてくれ。
三瀧山不動院
「仙台四郎」が祀られているという。
江戸末期から明治にかけて仙台に実在した人物だ。
彼が通った道には花が咲き、彼が行ったお店は繁盛し、彼が入場した興行は席が一つとして空くことはない。
生まれながらにしての福の神。
商売繁盛祈願にピッタリだ。
スマホのマップを見ながらアーケード街を歩く。
マクド、ファミマ、スタバなどの賑やかな並びに突如それは現れた。
「こんなところに寺院があるとか、SDGsやん」
「さすが、サステナブルやん」
まだ言うてる。
一歩中に入ると一気に厳かな雰囲気。
お賽銭を入れ、おりんを鳴らす。
ご本尊に向き合い、手を合わせる。
お参りの一部始終を見守ってくれていたつぼみん。
「久瀬っち、なんかリーンって鳴らす姿、めっちゃ雰囲気あってよかったで」
わたしは吹奏楽団で打楽器を担当している。
手首の使い方や腕の動きでの表現を常に意識している。
わたし達が訪れたその翌週に、「三瀧山不動尊奉納夏まつり」を控えているらしく、大きなポスターで宣伝されていた。
お守り売り場のお姉さんが、「あちらで願い事と名前を書いて置いていただければ、来週の夏まつりでお焚き上げしますよ」と教えてくれた。
【護摩木 一体200円】
なんて読むんやろ? ゴマ…キ…?
護摩木は割り箸のような細長い木の棒。
祈りを込めて「商売繁盛 クセスゴエッセイ」としたためた。
仙台四郎の写真は一枚しか残っていないらしい。
和服の懐に手を入れて、優しそうな笑顔で正座している。
服が乱れて膝小僧が見えてしまっているのがチャーミングだ。
仙台四郎は、肖像画やTシャツ、マグネットなど、広くグッズ展開されている。
わたしはその中から悩みに悩んでお手玉を購入した。
手のひらに十分収まるサイズの仙台四郎。
その後、2泊3日片時も離れず仙台四郎と旅する。
初めてホヤの刺身を食べたこと。
お通しでタンシチューが出てきてびっくりしたこと。
日本酒3種飲み比べが、お店の計らいで4種になったこと。
楽しみ方が何通りもある牛タン定食を前に多忙を極めたこと。
せり鍋が旬じゃなくて泣く泣く諦めたこと。
思い出の全てに仙台四郎がいる。
旅行を終え、仙台四郎を連れて関西の自宅に帰ってきた。
お手玉という名目ではあるが、お手玉遊びをするのは気が引ける。
わたしはお酒が好きで、グラスやコースターを集めている。
畳素材のコースターがあったので、仙台四郎を乗せてみると、お座布団としてちょうどフィットした。
一人暮らし1Kの食卓テーブルに、仙台四郎は鎮座している。
商売繁盛祈願を一通り済ませたなら、あとは具体的な準備に取り掛かるのみ。
今回初めて「文学フリマ」という文学作品展示即売会に出店し、自身初のエッセイ本「クセスゴエッセイ」をリリースする。
小さな出店ブースではあるが、準備することが山ほどある。
ポスターはどうやって印刷してどうやって飾ろうか。
本を立てかけて展示するための台は、イーゼルというのか。
電光掲示板に広告テロップを流さなければ。
チラシは何枚用意しよう。
心配は尽きない。
チラシを平置きしていると、空調の風などで吹き飛ぶかもしれない。
文鎮みたいなおもしが必要なのか。
そうだ、このお方を座らせよう。
クセスゴエッセイ
2024年9月8日 初版発行