第6話「次元」
アキは都会に勤めるアラサー。
アキは暇さえあるとYouTubeを見る。
今日もお昼休みにYouTubeを見ていた。仕事の唯一の至福のときだ。
たまにこういったおすすめ欄に「見えない世界」についての話をしているチャンネルがある。心霊現象や、スピリチュアルなどの人間では通常認知できない世界のことだ。
アキには何も見えない。
こういう見える人たちは何が見えているのだろうか。
見えない自分が考えても仕方ないことかも知れないが、考えてみることにした。
もし、本当に見えない世界があるとしたらそれは自分の認知の幅を超えているものだ。
そういった認知できない世界はどこにあるのだろうか。
認知できる人がいるということは、そういった世界があると考えて話を進めた方が良さそうだ。なぜなら、ないことを証明することは本当に難しいからだ。
アキは昔読んだ本の中に好きなフレーズがある。
「この世界はいくつもの層からできている」といったような内容だった気がする。
なにぶん手元にその本がないためうろ覚えだ。
でもこの言葉が好きだ。
この世界には、我々が認知できない方向がある。
平面に住んでいる人間が上下を認知できないように、3次元に住んでいる我々にも認知できない方向があるのではないかという論である。
認知できない方向に積まれている層。
もしそんな層が本当にあるとして、我々が通常認知できない方向に積まれている層のひとつを認知できる人間がいるのではないだろうか。いや、いてもおかしくないのではないだろうか。
物事の認知に使用している脳というものは、複雑で他のどの臓器とも似ていない。
電気信号で見たもの、匂い、触感などの五感で認知を行う。
毎日、寝ている時も休まず動いている脳だ。バグってもおかしくないのではないだろうか。バグというとマイナスな表現に聞こえてしまうが、生体にとっては日常的なこと当たり前なことだ。
毎日がん細胞(バグ)はできる。しかしがんにならないのは、それを排除できるだけの能力があるからだ。
蟻にもサボるものが一定数いるように、人間にも違う次元にいる何かを認知できる人間がいてもおかしくないのではないだろうか。
それは、バグとは呼ばれないだろう。一種の能力者、特別な人間になるわけだ。不具合が起きないものはバグとは呼ばない。ただ、神様というものがいるのならそれはバグなのだろう。
透視ができる人も次元を越えれば容易いことで、壁のすり抜けも可能だ。
違う次元を認知できるのならば、何か見えても不思議ではなさそう。
何せ自分は見えないものも存在することには肯定的だ。
次元を少し越えるか透けて見えるかで何か見えているのだとしたら、より自分は納得できそう。
アキは上を向いた。
自分では認知できない方向、この世界が無限に広がっている気がして体がふわふわしている。
帰ったらあの本をまた読もう。
昼休みももうそろそろ終わりだ。後半日仕事をしよう。
アキはデスクに向かった。