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少数派の輝く現在(いま)を      小宮山量平

 長年にわたって「陽(ひ)の沈むこと無き」大英帝国の栄光を背負いつづけた大宰相ウィンスト・チャーチル(一八七四~一九六五年)が遺した「鉄のカーテン」という言葉は不朽の名言でした、が、もう一つの名言は、ともすれば忘れられがちです。その最晩年に最大の植民地インドの独立を迎えた時のことです。彼は無念の涙をにじませながらその感慨を呟いたということです。「あの裸の男一人にわれらは敗れた!」と。

 裸の男とは、言うまでもなくかのマハトマ・ガンジーです。彼こそは長年ほとんど裸身で暮らし、お供には一頭の山羊を引きつれ、素朴な糸車で綿糸を紡ぎながら、「インド人はこのようにして清貧の生活をつらぬきつづけるならば、遠からず英帝国の羈絆(きはん)を脱しうるであろう」と、身をもって示しつづけたのでした。

 果たせるかな、インドは英本国ランカシア綿業の支配を次第に脱し、第二次世界大戦後の四七年にはついに輝かしい独立を達成しえたのでした。そんな現代史上のドラマを回想するたびに、あの「裸の男」が示しつづけた少数派の役割と栄光とを偲ばすにはいられません。そして、そんな心情にも真っすぐに通じるわが国の偉大な歌人土屋文明の詠歌を、昨今特に口ずさまずにいられないのです。

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乁少数にて常に少数にて在りしかばひとつ心を保ち来にけり……

 それというのも、最近になって、戦後半世紀に積み重ねてきた民主主義的な政治文化上の諸実績を、ものの見事に覆す諸改悪が、いかなるファシズムでさえもが成しとげなかったほどの圧力によって、次々と実現して行くではありませんか。単純極まる多数派の暴力支配を眺めながら、思わずも切歯扼腕の思いで唇を噛みしめる人びとの胸中に、ともすれば少数派の無力感がみなぎり、あげくの果てに政治的無関心という絶望感さえももが宿りがちな状況であります。

 けれどもわが日本民族にとって、これほどの政治的暴力を耐えぬく体験は初めてなのでしょう。ガンジーが身をもって示しつづけた少数派の忍耐と楽天主義を、ゆったりと身につける機会が初めて訪れているとも言えましょうか。私たちの多くは、少数派の立場がやがて次第に多数派へと転じる日を期待するという長年の進歩派的図式に馴れ過ぎた嫌いがあります。けれども、少数派には少数派本来の役割があって、その大切な役割はめったに手放せないはずです。
 
 人体に例えて言えば、少数派とはかの動脈に似ています。健全な血流をトキトキトキ‥‥‥と伝えて、人体の営みの健やかさを鼓動のように何時でも自覚させてくれるのです。そんな少数派の信号が弱まり途絶える時には、人体そのものに死が訪れます。ともすれば少数派から多数派への転身を望む者も生じがちです。ある種の宗教団体の如く政治団体化を遂げて、宗教として命脈を自ら進んで断ち切るケースも生じています。

 けれども今や日本の少数派は少数派そのもとして、鼓動高鳴るべき時を迎えているはずです。現在(いま)こそ少数派の誇りを守りぬくことで、日本人の不屈なモラルが鍛えぬかれようとしているのです。この輝かしい現在こそ、おおらかに胸を張って少数派謳歌を示威すべきでしょう!

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希望──エスポワール

  僕は、去年こぶし書房から出した「悠吾よ!」(二○○六年)という本のりっぱな出版記念会をもっていただいて、そのときに山田洋次さんがとてもいい締めくくりをやってくれたもんだから。そういう陰謀に乗せられて思わずもう二年私が時間を稼いだら「千曲川」の続編を、続編の形ではなく、違う題名で書こうと思っているなんて言ってしまった。というのは「千曲川」は戦争の終わるころまで書いている。戦争が終わってからの後の「戦後」というものについてもっと大胆でいろんなことを書かなくちゃならない。僕はそういうフリーの立場で一つだけ書き残したいと、書き残せるかどうかしらないけど。その作品が題名で言えば「希望(エスポワール)」という題名で、約千二百枚、上下二巻の最後の作品を書きますということを、その席で公約しちゃった。いかにして「希望」という作品を書くかと考えているうちに、今言った問題につきあたった。

 つまり活字の持っている戦闘力というか、力というか、そういうものをやっぱり長いこと出版に携わってきた人間として、活字がもっている力ってやつを生かす仕事をしなくちゃならない。そういう意味でやるとすれば、映画人の山田洋次監督が映画という武器を使って、寅さんというキャラクターを生み出した。そして寅さんというキャラクターをつうじて、庶民の生活感覚を描き出した。寅さん役の渥美清が死んでしまったら、今度は藤沢周平という時代劇の作家の作品を丁寧に読んで、活字の世界で読みきってフィクションこそが真実を語るということをやっているんじゃないかと。

 そこで僕も「希望」という名の活字を使って、そしてにべもない形で今の日本に希望なんかありはしないと、そういう言い方ではなく、希望ということをめぐってどれだけ人間の生きる光を求める気持ちが蠢いているか。希望という名において照らし出すことのできる世界というものを、やっぱり活字の世界でちゃんと書いてみるということが、出版屋としての仕事ではないかと思うわけです。

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Web Magazine 「草の葉」創刊号の目次
創刊の言葉
ホイットマンはこの地上が最初に生んだ地球人だった
少数派の輝く現在(いま)を  小宮山量平
やがて現れる日本の大きな物語
ブナをめぐる時 意志  星寛治
日本最大の編集者がここにいた
どこにでもいる少年岳のできあがり  山崎範子
13坪の本屋の奇跡
シェイクスピア・アンド・カンパニー書店 
サン・ミシュル広場の良いカフェ アーネスト・ヘミングウェイ
シェイクスピア書店  アーネスト・ヘミングウェイ
ジル・サンダーとは何者か
青年よ、飯舘村をめざせ
飯舘村に新しい村長が誕生した
われらの友は村長選立候補から撤退した
私たちは後世に何を残すべきか 上編  内村鑑三
私たちは後世に何を残すべきか 下編  内村鑑三
チャタレイ裁判の記録 記念碑的勝利の書は絶版にされた
チャタレイ裁判の記録 「チャタレイ夫人の恋人」
日本の英語教育を根底から転換させよう
草の葉メソッドに取り組むためのガイド
草の葉メソッドの入門編のテキスト
草の葉メソッドの初級編のテキスト
草の葉メソッドの中級編のテキスト
草の葉メソッドの上級編のテキスト



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