
若さを惹きつける美しいタイトル、を裏切らない物語ーー「春は馬車に乗って」
若さを惹きつける美しいタイトル、を裏切らない物語ーー「春は馬車に乗って」
「春は馬車に乗って」は本当に美しいタイトルだ。あまりに美しいので、このタイトルだけを知っている方も多くいるのではないか。ちょっと何度も口の中でつぶやいて噛み締めたくなるような、不思議と胸が熱くなるようなタイトルである。
私も、このタイトルを初めて知った時、馬車が音を立てて美しい花弁と希望を振り撒きながら、静まり返った冬の大地に走ってやってくる、その瞬間の人々の胸の震えを感じるようだった。きっとみんな春を待っている。
こういうタイトルに出会うと、昨今の話の内容を単純明快長めの文章で表してみました、みたいなタイトルが野暮ったく感じてしまうかもしれない(ちょっと感じて欲しいと思っている)。でも、現代のタイパ、コスパを重視する若い人には、読者がハズレを引かないために、まずタイトルで中身が分かるのはすごく大事なことなのだ!と主張する人もいるだろう。
そういう人も安心してほしい。この「春は馬車に乗って」というタイトルは、美しさも持っているけれど、本編もこのタイトルを裏切らない感情を私たちにもたらしてくれる。だから、不安になって最後だけ先に読むとかやめてね、自分が後悔するだけだから。
できれば初読は最初から通して最後まで行って欲しいものだけど、まあしょうがない。最初にオチを読んでしまっても、ぜひどうか諦めず、最初から二十分間をこの小説に捧げてほしい。この小説はオチばかり美しい訳ではない。
この小説はそれこそ真冬の不幸の只中にいる夫婦が交わす会話と男の心情をひたすらに書き綴っている。不快なところのない優しいものばかり読みたい人間にはちょっと最初から読むのをやめようと思うような設定だが、私たちはそこから目を離すことができないと思う。二人の会話はちっとも甘い言葉がない。女は我儘ばかりだし、男も女に夢を見せてやるような言葉を吐くわけではない。
でも、でも、愛がそこに流れている。そうでなければ、女が男に向ける鋭い言葉をどうして男が受け止められるだろう。愛がなければ成立し得ない会話なのである。
どうにもならない不幸を前にして、それを忘れるような甘言が溢れた小説を読むのも、心情として分からないものでもない。でもどうか、愛は甘い言葉の中以外にも存在していて、ふとした拍子に表現され、全ての愛を感じられるようなそんな瞬間もあるのを、この作品を読んで感じてみてほしい。
そして愛し合うからこそ迎えるこの小説の味わい深い終幕を、じっくり感じてみて欲しいのだ。
自分も、冬の寒さに耐えてまた春が巡ってくるのを待つことができるような、信じられそうな、当たり前の小さな喜びがそこにはある。