【詩】無菌室と煙草
病のにおいが鼻をつく
無菌室のビニールの中で
老人は朦朧とした夢をみていた
濁った目は
食品売り場に並ぶ魚のそれと同じ色で
すでに閉じることも忘れて
アスファルトのにおいが鼻をつく
夏が間近の昼下がり
恋人とは呼べない男が首筋を舐めた
エアコンすらない6畳の部屋
降り始めたにわか雨
開けたままの窓から夏のにおいがしていた
春のにおいが目にしみる
別れはいつも春になるとやってきて
大事な人を連れ去ってしまう
それは浮き足立つパステルカラーの
華奢な足首の女の影
気がつけばいつも心変わりの後で
今日が峠だという老人は
すでに排泄の余力もなくしていた
まもなくの引き潮の時間に
この世を去っていくのだろう
あと1時間30分
鼻をつく病のにおいが
死のにおいに変わりはじめている
無菌室の中
その時をただ待つ家族
窓の外はうららかな 春
窓越しの陽射しに
煙草を吸いたいと思った
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