VUCAを生き抜く組織の柔軟性 (2回目)-メンバーシップの柔軟性
(2020年11月5日掲載、https://kuroshiohr.com/2617/より転載)
前回は、VUCAの時代において事業環境の変化や戦略変更が頻繁にあることを前提に、配置転換が柔軟に行える仕組みについて考えてみました;
しかしVUCAというからには配置転換だけでは対応しきれない、組織に必要とする人員数や人材に求められるスキル・経験の変化が激しく起こります。
例えば景気の変動。
世界的に経済がより緊密に繋がることで、以前にも増して世界同時進行型の景気変動が頻繁に起こっているように感じます。
景気が良ければ世界中で仕事量が大幅に増えて人手不足に、景気が悪ければ仕事量が大幅に減ってしまい多くの組織で余剰人員が経営の負担となってしまいます。
また、新しい事業形態や技術の登場も人員数や求められるスキルに大きな変化をもたらします。
最近のDX(デジタルトランスフォーメーション)が話題となる中で、このような業務スキル・経験を持つ人材を多くの企業が採用しようとしているのも一つの例だと思います。
その中で社員だけで仕事量や必要となるスキルの変動に対応しようとすると、次のようなことが起こります;
リストラなどのハード施策の実施/有期雇用社員の雇い止めの頻発
新卒者採用数の年代による大幅な変動
中途採用者と既存社員との報酬のアンバランスによる不公平感
そこで必要となるのが、外部の力の活用であり、組織のメンバーシップに対する見方の転換です。
雇用契約がある人だけを組織のメンバーと考えるのではなく、外部であっても仕事を助けてくれる人、組織はすべて「メンバー」として捉える。
そうすることで、組織に必要とする人員数や人材に求められるスキル・経験の変化への柔軟性が大きく増します。
ちょっと前置きが長くなりましたが、今日はメンバーシップの柔軟性ということを考えたいと思います。
「メンバー」の組み合わせによる柔軟性の獲得
内部・外部も含め「メンバー」――仕事を助けてくれる人や組織とて次のような「メンバー」が挙がってくるでしょう;
【内部】
社員(有期雇用・無期雇用)
【外部】
派遣社員、フリーランサー、コンサルタント
提携企業(提携方法は短期契約から資本提携まで様々)、出向者
ITシステム・オートメーション
仕事の量・質の変動への柔軟性が高くなるように、これら「メンバー」それぞれの要件と、組織の将来的なシナリオを勘案しながら、「メンバー」を組み合わせていきます;
例えば、一定のパソコンスキルと事務経験があれば習得期間が短い業務を、派遣社員にお願いしている会社はすでに多いかと思います。
仮に景気が悪くなり、組織全体の仕事量が減れば、社員にそれら業務を担ってもらうといったことは比較的イメージしやすいかと思います。
拡販のために、すでに成功しているエリアでは営業部員を増やすことで、新規進出エリアでは代理店販売で対応するといった戦略もこの一例。
成否の自信がないところでは、代理店と有期契約のほうが、万が一失敗した場合には撤退がしやすいといった考え方です。
また、前出のDXに代表されるような数カ月から数年かかる様々なプロジェクト。
この場合もすぐに専門性がある人材を社員として契約することを選ぶのではなく、コンサルタントやフリーランサーに有期で常駐してもらうといった選択も検討すべきでしょう。
短期間で見ればコンサルタントやフリーランサーの方がコストは高いかもしれません。
しかし、中長期的な社会保険料や退職金の積み立て、また採用コストなどを考えればDX人材の雇用の方がコスト高になる可能性もあります。
特に、今需要が高い職種が、世の中全体での需要減退、同様スキルを持つ人材の増加によって、社内でアンバランスに報酬/等級が高い社員として残ってしまうリスクもあります。
またオープンイノベーションなども、人事的な観点からは自社の人材が持たない知見を他の組織から借りるということになります。
これもそのような知見を持つ社員と雇用契約を結ぶ代わりのオプションとなりえます。
社員の活力を上げるための組み合わせ
ここまで書いてきた事例はけして新しいものではなく、事業部門が主導的に考えてきたものだと思います。
しかし、人事、特にHRBPや採用担当者が、事業部に対して採用コストのデータ、シミュレーションなどを通じてこのようなオプションを提示して事業部門をサポートしていくことも重要かと思います。
また、このような考え方で人事が主導すべき部分もあります。
社員の動機づけを高めるために、社員に人気のない仕事を「外部メンバー」にアウトソーシングすることによって、社員にはよりやりたい仕事に集中してもらうという考え方です。
特に人手不足や社員の定着に問題があるような組織ではこのような考え方も重要になります。
アウトソーシングの方が一見コストがかかるように見えますが、採用コストや引き留めのための報酬の引き上げ等のコストと比較する価値はあるかと思います。
何より、やりたくない仕事よりやりたい仕事をしている時間が長い方が、組織全体の活力も向上し、精神的な仕事環境も良くなる可能性が高いでしょう。
もちろん「内部メンバー」にとってやりたくない仕事を「外部メンバー」に押し付けるというわけではありません。
誰かにとってやりたくない仕事は、別の人にとってはやりたい仕事というケースも大いにあるわけです。
要はマッチングの問題であり、ここでも「内部メンバー」だけで仕事のマッチングをしているよりは、「外部メンバー」まで含めて考えた方が、より多くの人がやりたい仕事ができる可能性は高まります。
「メンバー」の選択肢を増やす
さて、様々なメンバーの組み合わせを考えることは、組織の柔軟性を高める一つの方法ですが、それと同様に大切なのが「メンバー」の選択肢を増やすことです。
「メンバー」の選択肢を増やすことは、「メンバー」の組み合わせのバリエーションを増やし、最終的に組織の柔軟性をさらに高められます。
この部分においても、人事も含めた管理部門/経営支援部門が主体的に会社の成長に貢献できる部分になるかと思います。
各「メンバー」の選択肢を高めるためには、現在契約関係にある「活メンバー」と、契約関係が終わりアクセスもない「脱メンバー」のゼロサム思考にならないことです。
この2つの間に「休メンバー」と「未メンバー」という考え方を自覚的にもって関係性を構築・維持していくことが重要です;
活メンバー:雇用、提携契約が現在ある人・組織
休メンバー:過去に雇用、提携契約があり、現在も良好な関係が保たれている人・組織(現在は雇用、提携契約がない)
未メンバー:これまで雇用、提携契約はないが、アクセスするチャネルがある専門性を持った人・組織
脱メンバー:過去に雇用、提携契約があったが、様々な理由でアクセスするチャネルがない人・組織
各「メンバー」を、さらに「活メンバー」「休メンバー」「未メンバー」に分けて、選択肢を増やすための関係作りのポイントを表にまとめます;
表の中の全ボックスを詳細に説明することは省きますが、番号ごとにまとめた形で要点を説明していきます。
① 活メンバー & 休メンバー共通
当たり前のことですが、雇用、提携期間中に良い思いをした「メンバー」は様々な事情で契約が一旦終了したとしても、しばらくすればまたその組織と働きたいと思うでしょう。
社員は元より、「外部メンバー」にもそのように思ってもらうことは、組み合わせの選択肢を増やす上で重要です。
無理な期日設定や激しい値切り、横柄な態度を取るような組織からは、質の高い仕事をし、市場価値の高いフリーランサーや企業は逃げてしまうでしょう。
社員間のコミュニケーションやパワハラ、セクハラ防止等の教育には力を入れている企業は多いと思います。
そのような研修に対サプライヤーとの契約の考え方、コミュニケーションの仕方を組み込むことも重要なのではないかと思います。
② 社員 x 休メンバー & 未メンバー
現在の新型コロナ禍で状況は変わってきてはいますが、昨年の人手不足が続いた中で、日本で一般化してきたのが出戻り制度とリファーラル採用。
いずれも採用オプションを増やす上では有効な手段です。
出戻り制度であれば社員流出が激しくなってしまう、リファーラル採用をやると縁故採用が横行してしまう等の不安はあるかもしれません。
しかし、出戻りの場合は、通常の採用試験・面接を再度実施し他の候補者と同じ基準で審査する。
リファーラル採用でも、求人している部門とリファーラルする社員の部門は同じであることは禁止したり、最初の面接まではアドバンテージがあるが、その後は他の候補者と同じ基準で審査する。
このようなルールを作って明示していけば、上記のような不安・リスクは軽減できると思います。
また、OB/OGの同窓会の開催も、戻ってきたいという気持ちを起こさせる上で有効な手段かと思います。
特にこの表にはないですが、新型コロナ禍において希望退職を募っている/募る予定の組織もあるかと思います。
しかし、将来的な景気の回復や、日本では将来の労働人口の減少に対して、一旦辞められた方々と良好な関係を築いておくことは、出戻り制度とセットで重要だと思います。
③ 派遣社員、フリーランサー、コンサルタント、提携企業 x 休メンバー
一つの部門での仕事量では、契約完了した後に次にお願いする仕事がないというケースも多いかと思います。
しかし良い「外部メンバー」であれば、次も頼みたいのに他社の仕事で忙しいというケースも往々にしてあると思います。
自部門、少なくとも自分の会社を継続的に優先してもらうためにも、他部門にも紹介し、自部門にとっては「休メンバー」だけれども、他部門にとっては「活メンバー」であるという状態を保つことも重要でしょう。
この点については、購買部門や与信審査部門が人事部門と連携しながら、各事業部門を支援するのが良いのではないかと思います。
購買部門や与信審査部門は、不適切な人、組織が「メンバー」に入ってくるのを防いだり、各「メンバー」との契約の適正なコストコントロールをすることが現在の主要な仕事だと思います。
見方を変えれば「活メンバー」「休メンバー」「未メンバー」の情報が一番集まっているということ。
これを活用してもらい、事業部門に対して「メンバー」情報を収集・提供するハブとしての役割を求めても良いのではないかと思います。
④ 提携企業 x 活メンバー
さて、①~③は関係を深めることで選択肢を増やすポイントが中心ですが、④に関しては関係をどこまで深めるのが適正かをしっかり考える必要があります。
他企業との提携に関しては、前回ブログで書いた(内部の)組織運営の柔軟性と同様、野球型、サッカー型、バスケットボール型で捉えることができます。
野球型は、車メーカーや総合商社でよく見られるような系列会社が代表的な例。
系列会社は多くの場合親会社の意向を組して事業計画を立て、親会社の仕事を優先的にやっていきます。
代わりに親会社は資本提携を結ぶことで、系列会社に仕事を提供し続ける必要があります。
サッカー型は、毎回の仕事は契約ベース。
毎回やってもらいたい仕事に応じて、最もふさわしい提携先を選ぶ形です。
一方で提携先は、契約期間は約束した内容、期日、金額で仕事を担当しますが、契約期間外はどの会社の仕事を優先しても良い関係。
このため、優先的に仕事をし続けてほしい企業には③で既述したような働きかけが必要になります。
バスケットボール型は、今後色々な形が出てくると思いますが、最近の事例ではオープンイノベーションでの提携が挙げられるでしょう。
ゴールイメージや短中期での役割分担は決まっているものの、製品開発、事業開発までには、関わり方の見直しが何度もあってもおかしくない。
報酬に関しても、業務委託契約では必ずしもなく、成功報酬型や製品開発、事業開発が実現後のプロフィットシェア型など様々かと思います。
お互いを切り離すことも野球型やサッカー型に比べて簡単なケースが多いため、継続には目的の共有や共通文化の醸成などが必要になります。
車メーカーや総合商社は、系列会社群と共に成長してきた歴史が長い分、この野球型、サッカー型、バスケットボール型の提携をうまく組み合わせて運営しているように見えます。
一方で、最近はM&Aが一般的になる中で、不必要、不適切なM&A、つまり野球型の提携も増えてきているように思います。
本当にM&Aが「シナジー」を生む最適解なのか、他に最適な提携の仕方はないのかも、毎回しっかりと検討することが重要ではないでしょうか。
⑤ 提携企業、出向者 x 未メンバー
「人材が共有できる企業のリストアップ、関係作り」というのは今回の新型コロナ禍のような事態においては特に重要かと思います。
最近も業務量縮小による余剰人材の雇用を守りつつも人件費コストを軽減するために、ANAからトヨタへの出向受け入れ要請や、JALからヤマトホールディングスへの出向等がニュースになっていました。
今回、この動きの中で出向者のスキルと受け入れ先の業務のマッチングがなされていたかはわかりません。
しかし、事前にそのようなマッチングができていれば、出向者となる社員にとっても「仕方ない」という感情から、自分のスキルの幅を広げるチャンスと捉えられるかもしれません。
当然、同様の事業環境において業績の傾向が逆になるような企業をなるべくリストアップすること、そしてそのような事態が起こる前から、関係性を構築しておくことが重要になります。
また、このようなネガティブな観点からだけではなく、既述したオープンイノベーションに近い考えで、業種の違う企業間で社員同士を出向し合うことでお互いが新しい知見を獲得するといったことも考えられます。
まとめと次回予告
今回は「内部メンバー」だけでなく外部の様々な力も「メンバー」と捉えることで、仕事の量・質の大きな変化に対する柔軟性を高める方法を考えてきました。
特に以下の点は重要です;
「内部メンバー」「外部メンバー」を意図をもって組み合わせることで、急激な事業環境の変化に対する柔軟性を高める
「内部メンバー」「外部メンバー」共に、契約期間外でも良好な関係を保つことで選択肢を増やし、組み合わせのバリエーションを増やす
その中で「内部メンバー」「外部メンバー」みんながなるべくやりたい仕事に集中できるようにマッチングをすることで、自組織の仕事に関わるすべての人、組織の活力を高める
さて、このように組織の「メンバー」が広がっていけばいくほど、全「メンバー」が同じ方向性を向くことが必要になります。
その機能を担うのがビジョンです。
次回は、このビジョンをどのように設定し浸透させていけば、メンバーが同じ方向を向くのか、また自由に柔軟に事業を創出できるようになるのかを考えていきます。