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子宮の詩が聴こえない2-⑤
(第1章から読む) (④を読む)
■| 第2章 弥生の大祭
⑤「激昂する二人」
沈黙が続いていると、台所から顔を出した義母の啓子が誠二を手招きした。
「はい。どうしました」
立ち上がり、奥へ進む。
「パパこれ見て」
喜んでおもちゃを渡してくるマコと手を繋いだ。
啓子は丁寧に頭を下げ、小声で言った。
「本当にまさみがご迷惑をおかけします。未久だけじゃいつも乱暴な話し合いになるものだから」
「いえいえ、こちらこそ。マコも長いこと預かってもらっちゃって」
「あの……、お父さんがね、まさみを病院に連れて来いって言うんです。あんまり言うことを聞かないようなら」
まさみの父、清は昨年末に心臓の手術をして入院している。
「こっちに来てからまだ会っていなかったんですね」
「まさみが嫌がって。でもお父さんも怒るんじゃなく、いろいろと言って聞かせたいようで」
誠二もこの状況を伝えたいと思った。ただ、入院中の義父にあまり負担をかけたくない。
「私だけでも、行きましょうか」
「そうですね。なんて言っていいか…。本当にもうあの子は……」
「私の責任でもありますし、もう少し粘り強く言って聞かせます」
平謝りの義母を落ち着かせ、娘に「もうちょっと待っててね」と、手を振ってリビングに戻ると、またも未久がまさみを問い詰めていた。
「私達よりもそいつらが言うことを信じるの? どうしてそうなるの?」
誠二も駆け寄り、また座って二人に挟まれた。
まさみはそれを見もせず、うつむいたまま言った。
「番長あきちゃんやラッキーちゃんはキラキラしていて、たくさんの人が救われてる。それに憧れて、近付きたいって思ってる」
「何がキラキラよ。ホタルイカ漁じゃあるまいし。金払ったら誰でも近寄れるだけじゃない」
「でも、私はどうしても島に……」
苛立ちを隠せない未久が声を荒げる。
「ねえ! アイドルや韓流スターに会いたいってんじゃないんだよ。ただの詐欺師じゃん。カルト宗教じゃんって」
「だから宗教じゃないって! ちゃんと私は考えながらやっているよ」
「考えている人は勝手に家のお金持って島に行こうとなんかしないってば!」
「もう……どうして分かってくれないの……私はただ…」
また慌てて誠二が間に入る。
「未久さん、気持ちは分かるけど、俺達はまさみの気持ちを知らなすぎますから」
「知りたくもないわ。人を無責任に焚き付けるワケのわからん集団に高いお金を払って。あげく家族の貯金を勝手におろすなんて、人道に外れるようなことして」
「俺は、弱った時にそれが救いになるのも分かる、っていうか……」
「かばうわね。あなたが一番被害を受けているのに。悪いけど付き合っていられない。私が島に行って記事を書くわ。社会面でバーンと。『子宮の詩を詠む会』はカルトで、詐欺まがいで、スピリチュアルイベントをやって島に迷惑をかけるって。それでこの馬鹿な妹も目を覚ますでしょう」
まさみは黙って顔を伏せて震えている。
「未久さん……」
誠二はそう言って口ごもった。
取材の密命は自分も受けている。それを今のまさみに知られるのはあまりに気の毒に思えた。
この洗脳のような状態がどこまでなのか計れない。
説得を続けてどうにかなるものなのかも分からないでいた。
「まさみ、さっきも言ったけど、俺はこれから反省してちゃんと君との時間をつくって、そんな連中に傾かないで済むように、家族で楽しく過ごせるようにしたい」
「……」
「だから、そっちじゃなくて、俺とマコと暮らすことを選んでもらいたくて」
そう言われたまさみは、言葉を遮るように立ち上がって二人を睨みつけた。
「こっちだのそっちだのって、なんで私は自分のやりたいことをさせてもらえないの! 宗教なんかじゃない! みんな幸せそうにしてる! どうしてそれがいけないの!!」
怒鳴り声を聞き、台所から啓子が心配そうにのぞきこんだ。
未久は呆れたように言う。
「ふん。もうどんなに開き直っても無駄よ。みんなが心配して、誠二君がしなくてもいい反省もして優しく言ってくれているのに、あんたはまだそいつらの肩を持つんだ。完全に終わってるわね」
強く睨みつけるまさみ。それより少し身長が低い未久も立ち上がり、下からのぞき込むようにして睨み返す。
「もう終わりよ。終わり。誠二君、こんなバカ女とは離婚しなさい。こんなのと一生添い遂げる必要なんかないわ」
「未久さん、ちょっと落ち着いてよ」
「落ち着かない! 夫婦のことだから口出ししたくないと思ってきたけど、社会問題にならなきゃこの馬鹿の目は覚めないわ。さっさと離婚して、『スピリチュアルカルトのせいで家庭が壊れた人もいる』って私の記事の材料になってくれたらそれでいいわ!」
まさみは怒りに震え、奇声を上げながらテーブルを蹴り上げた。
激昂してそのまま未久の頭を掴む。
それに応戦するように未久も掴みかかって足払いをかけ、もつれて倒れる二人を、誠二と啓子が必死で引き離した。
誠二に羽交い絞めにされたまさみは、男の力でも抑えるのが難しい程に暴れた。
姉妹喧嘩の話はよく聞いていたが、まさみのこんな姿を見たのは初めてだった。
誠二は腕に力を入れながらも呆然としていた。
どこかに打ち付けたらしい頭を片手でおさえる未久。
目を閉じて震える啓子に、起き上がれないようにしがみつかれている。
それを振りほどき、体は倒れたまま、大声で泣き叫んだ。
「どうして分からないんだ! この大バカヤロー!! あれだけ誠二君が言ってくれているのに…、情けないと思わないの!!」
未久にとっては、いつ以来か覚えていないほどの涙がこぼれ落ちる。
どんな劣悪な取材環境や理不尽な仕事をこなしても、一度も見せたことがない感情だった。
床にへたり込んだまさみもまた顔を覆って大声で泣いた。
誠二が、しゃがんでその背中に手を置く。
「未久さん、もういい。もういいです。ちょっとみんな落ち着こう」
実の姉にこうまで言われて…。一体どうすれば気付いてもらえるのか。
混乱の中、誠二はそう思うしかなく、姉妹の泣き声だけがリビングに響く。
台所からマコが駆け出してきた。
それに気付いた啓子が、慌てて笑顔を作りながら言う。
「マコちゃん! 大丈夫よ! ちょっとまだあっちで遊んで待っててね」
「ママ、泣いてるの……」
娘の声に気付いたまさみの慟哭が、より激しくなる。
誠二もどういう顔をしていいか分からず、娘に笑顔を向けた。
「ねえパパ、ママどうしたの」
「うん、ちょっと、たぶん悲しいんだよ」
「かなしいの……。ママだいじょうぶ。だいじょうぶよ」
マコの小さな手が、誠二を真似てまさみの背に置かれる。
それを見て、未久は啓子に抱き着き、子どものように「わーー!」と泣き崩れた。
まさみは、夫と娘の手の温かさを背に感じながら、体を丸めて何度も「うっう…」としゃくり上げ続けた。
しばらく時間が過ぎた。
まさみは寝室へ行き、啓子が付き添っている。
目を腫らした未久が誠二に頭を下げる。
「本当にごめんなさい。どうしたらいいか分からなくて、つい興奮して挑発しちゃって、お見苦しいことに」
誠二は、いつも強気な未久の疲れ切った表情を案じた。
「いえ、ご負担をかけてしまいました。俺も情けなかったです。夫として何もできなくて申し訳ない」
「謝らないでよ。……話し合いはちょっともうしばらく無理ね」
誠二は義父の清のことを考えていた。
帰郷の報告と、何かまさみを思いとどまらせる上での助言をもらえるかもしれないと。
「実は、病院に行こうと思って。よかったら、一緒にその」
「お義父さんと話しませんか」と、みなまで言わなかったのは、未久との不仲を知っているからだ。
「……悪いけど、行きたくないわ」
「そうですよね。それは、仕方ないです」
義父の清は、昔気質(むかしかたぎ)なところもあり、決して親しみやすいタイプの人ではない。
― ⑥に続く ―
(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)
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